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昔の話②-5

「コンクール?」


 当時、彼はコンクールとは何か知らない様子だった。それも無理はない。あーゆーコンクールはピアノ教室の紹介がなければ通常出演できない。どこもケチをつけようのない、当たり前の話だ。


「そう、コンクール!色んなお客さんに、貴方のピアノを見てもらうのよ!」

「………うん」

「現代劇場って、あるでしょ?槻山現代劇場!」

「………うん」

「あーゆう大きなホールとかで、一杯のお客さんの前で音楽を奏でるのよ!!」

「………うん」


 興奮気味に話す担任と違い、友一はまだまだピンときていない様子だった。一応ピアノ経験者で、ピアノコンクールに出たこともあった私は、仕方なく助け舟を出すことにした。


「ピアノコンクールって、色んなところで行われてますよね?具体的にどれに出る気なんですか?」

「あ、まあそれはこれから考えようかなあと。あの、私ね!とあるちょっとだけ有名なピアニストの方とお知り合いなの!というか音楽大の同級生なんだけど……その子にこの子のピアノを聞いてもらって、適したコンクールに出してもらおうって思ってさ」


 当時は知らなかったが、音楽大に入りながらも最初から幼稚園や小学校の先生を目指す人も一定数いるらしい。彼女はその1人だったのだ。


「お金とかはどうするんですか?コンクールに出るの、数千円くらいしますよね?そもそもそのピアニストさんに見てもらうのにも……」

「数千円くらい……いやなんでもない」


 親御さんが払ってくれるでしょ、という言葉を言いかけてやめてしまった。担任の先生は口元をキュッと抑えつつ、その小さくつぶらな目をこちらへ向けてきていた。


「その辺は要相談ね。……というか、もしかして古村さんってピアノ詳しい?」

「一応習ってましたから」


 少し得意げな顔をした。隣で友一はまだピンときていない顔をしていた。


「じゃあさ、じゃあさ、鷹翅弥生ってピアニスト知ってる?」


 知っているさ。身内だ。鷹翅本家、現当主の姪。幼い頃からその才覚を発揮し、鷹翅家の厚いバックアップの元、日本一の音楽大から世界一のフィルハーモニーへと渡った若き天才ピアニスト。というか、その人と同級なんて羨ましいことこの上ない……


「その人に見てもらおうと思ってるんだ!」


 へ?それは私にとって、なかなかに屈辱だった。


 当初、私は近親である弥生さんに教えてもらうことを望んだ。無論それは子供のわがままで、世界中を飛び回る彼女に分家の子供の面倒を見る時間なんてなかった。それを渋々受け入れて、私はピアノと向き合い、そして辞めてしまったのだ。それなのに……それなのに……


「いやあさ、今度ジャズフェスやるでしょ?そこで目玉として登壇するのよ!で、そのついでに見てもらおうかなって。幸いその日は3時からの本番以降時間も空いてるらしいし、ご飯奢るって言ったらホイホイついてきちゃって……」


 ここからの長い話を、私は覚えてはいなかった。そして、いきなり降ってきた幸運に気がつかないまま、ぼーっとした顔をし続けている隣の少年にも、言い知れぬ苛立ち(やつあたり)で胸がいっぱいになった。


 ただひとつだけ、


「良かったら、友一くんに色々教えてあげてくれない?」


 と私にせがむ担任の顔だけは、憎たらしいほど覚えていたのだった。

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