昔の話②-4
それからというもの、音楽の授業は友一が支配することとなった。
チャイムが鳴るとみんなピアノを囲んで円になっていた。先生の言うことなんて無視して、友一をピアノに座らせようとしていた。先生も当初は抵抗していたが、自分ではもうこのクラスをまとめられないと自覚したのだろう。彼にやらなきゃいけない教材の資料を渡していた。そして彼は、その期待に応え、いやそれ以上に素晴らしい演奏をし続けていた。
童謡もクラシックも学校指定のみんなのうたも、彼の手にかかれば完璧にこなせていた。たまにリクエストがやってくるj-popだって、曲名を聞けば次の日にはマスターして帰ってきていた。後から聞いた話だが、その頃の彼は毎日毎日ピアノを弾いていて、児童施設の子供たちを大変喜ばせていたらしい。なんなら音楽の時間の予習として、そこで弾いていたこともあったという。真琴からしたら2回聞いた曲もあるということだ。それほどに彼はピアノに打ち込んでいたなんて、当時の私は知り得なかった。彼のピアノと向き合っていた時間は、ピアノの先生がいないハンデなど軽く捻り潰すほど多大だったのだ。
友一はどんどんとクラスに溶け込んでいった。休み時間も遊びに誘われるようになったし、体育の時間誰と組むか悩む必要もなくなった。彼はピアニストなんて大層なあだ名をつけられて、毎日過ごしていた。
そしてある雨の日のことである。たまたま担任の先生の元へ集めたノートを持ってきていた私と友一は、とりとめない話をしながら職員室に向かっていた。
「ねえ、あんた」
友一はクラスの中心近くへ引っ張られたというのに、反応は遅いままだった。
「あ、あー……」
「あーってなによあーって!!まあいいわ。あんた最近楽しそうじゃない!」
「え?」
「ほら、クラスの中心にいるしさ。ピアノの先生?みたいな立場になって、心なしかクラスのみんなもまとまってきてる気がするしさ。ほら、昔あんたに図書館で読んでばっかじゃなくてもっと他の子と遊べって言ってた気がするけど、良い感じに溶け込んでるっていうか……」
この頃の私達のコミュニケーションはこんな感じだ。私が畳み掛けるように話し掛け、友一からレスポンスはない。しかしこの日だけは違った。
「別に、そんなの望んでない……」
ん?と首をかしげる間も与えてもらえぬまま、2人は職員室についた。そしてガラガラとドアを開け、ノートを渡した。少し深くお辞儀をして帰ろうとしたその時、担任の先生が口を開いた。
「あ、そうだ!新倉くんピアノのコンクールに参加してみない?」




