昔の話②-3
クラスで遠巻きにされればされるほど、私の認知は歪んでいった。最初の方は少しくらい止めようと思っていた学級崩壊も、もはや放置して内職するようになった。まともに成立していない教師間との関係も、今の私からしたらもう関係なかった。こうとすら思っていたかもしれない。今ここにいるのは社会勉強だ、と。これから古村家の当主として職務を全うするにあたり、下々の人間の汚い部分を肌で体験させることにより、その醜さを理解させようとしてくれているのだ、と。本当にそこまで考えられていたかは今となっては不明だが、少なくとも当時の私にはそう受け取ってしまったのだ。
特に学級崩壊を起こしていたのは音楽の授業だった。叫び声が聞こえるならまだましで、走り回るものや壁にかかってる偉人を馬鹿にするもの、リコーダーでチャンバラするものなどまさに阿鼻叫喚と化していたのだった。
先生も授業を進行させようと色んな指示を出していたが、その人の力量か親御さんのしつけかどちらが悪かったのかは不明だが、みんな天の邪鬼のようにちゃんとやれと言われるほど抵抗が増していたのであった。
そうして授業がストップしていたある日、私は冷たい目で暴れている奴らを見つつ懐にしまい込んでいた英単語カードに目を通していた。こんなところでも勉強できるよう、工夫していたのだ。ただそうして目線を落としていた私に対して、その音はとても心地よく、そして少しだけ気味が悪く響いた。
ピアノの音だった。遂に遊んでいる児童達を無視して授業を進める気になったのか。いや、違う。ばっと顔を上げた。ピアノの前に座っていたのは……
「あ、新倉君!ちょっと……」
そう、新倉友一だ。弾いていた曲は、誰だって一度は聞いたことがあるだろう元は恋歌として作られながら、今では子供の子守唄としても使われるモーツァルトの可愛い音階。名前を邦題で、『きらきら星』という。
聞き惚れてしまうほどに綺麗な音の連続だった。きらきら星自体は全くもって難易度の高い曲ではない。しかし間合いと、テンポと、ダンパーの使い方と、完全にマッチしたそれは、まるで教室に星を映し出すかのようだった。
リコーダーで野球をしていた男子達はもうボールもバットもその場で投げ捨ててしまった。スマホを開いていた女子達もそれを片付けてしまった。当初は止めようとしてした先生すら、その音に溺れていった。
ここで私に浮かんだ感情が、憧れならまだよかった。妬んだ感情が出てきてしまったのだ。確かにそれは、ピアノを少しでも噛んだ人間にとってあるべき理想の演奏だった。これだけ弾けるようになりたい!のこれだけに、既に満たしていたのだ。当時まだ、ピアノ触れて1ヶ月と少しの彼が、である。
悔しい、妬ましい、そしてこんなことまで考えてしまった。新倉のくせに、奴隷のくせにって、そんな最低な感情さえ私には浮かんできていたのだった。




