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友一少年のその頃は②

 もしも将来、『子供の頃の夢はなんでしたか?』と尋ねられたなら、『モーツァルト』と答えるだろう。娯楽に一銭も払えない俺にとって、図書館に置いてある誰も借りないクラシックCDが唯一の楽しみで、特にモーツァルトの楽曲がCDの枚数も多かった。


「もっとノリノリになれる曲がいいー!!クラシックつまんないー!!」


 そんなことを真琴に言われても気にしなかった。だからいつだって我々の昼寝部屋はモーツァルトが流れていた。彼の楽曲は知育にいいだなんて眉唾な話が蔓延しているとは当時知らずに、CDカセットにフィガロの結婚やジュノームを流していたのだ。


 調子に乗った時には、こんなことすら思ってしまった。自分がモーツァルトだとしたら、彼女はマリーアントワネットではないかと。しかしこの妄言はいつもすぐ撤回していた。マリーアントワネット役の古村乃愛が力不足なのではない。コンサートを開いて演奏した後で、躓いて転んだ自分を起こしに来てくれた優しい女王様へプロポーズした6歳のモーツァルトに対して、齢10を迎えても鍵盤1つ触れたことのない新倉友一(じぶん)が、圧倒的に役に見合っていなかったのである。それにモーツァルトは、自分ほど身分が低くないし。


 だからその日、3月も終わりに差し掛かる春日向の中で、それがここに来た時運命を感じたのだ。


「すみませんね。私の娘がもうピアノなんて弾かないって言い出しちゃって……どうせ捨てるのならここに寄贈した方がいいのかなあって」

「いえいえ、恐悦至極でございます。大切に使わせていただきます!!」


 大人達が遠くでそんな会話を繰り広げる中、第1ホールにどん!っと置かれた黒い光沢があった。蓋を取れば白が映えた。俺はふらふらと、それに吸い寄せられるように歩いて行った。ピアノ、しかもそれは間違いなくグランドピアノだった。伝記でしか見ることが出来ず、音から想像することしかできなかったそれが、施設に置かれたのだ。


「あ、興味あるのかい?」


 ピアノを運んでいた施設の従業員が汗をぬぐいながら声をかけて来た。


「これは古村の嬢ちゃんのお下がりなんだってさ。まあ児童養護施設にピアノ1つないってのもなんだかなあって思ってたから良かったものの、いきなりの話でビビったな」


 そしてセッティングが終わるまで、俺は立ち尽くして待っていた。


「お、なんだ弾いてみたいのか?ちょっと待てよー!これ固定してから……」


 そしてこのピアノを贈ってくれた彼女へ、チョコを贈ってくれた彼女へ、大好きな彼女へ、感謝しても仕切れなかった。

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