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彼の部屋で君は

 もはやノックもしなかった。実は割と怒っていたのだと、のちに私は回想していた。ばああああん!!!と開けたら、乃愛(のあ)は口元に人差し指を置いていた。


「あーこのことはここだけの話だからね。本当に。じゃなくと消されちゃうから」


 部屋には友一の匂いが充満しているのに、そこに居たのは2人の女子高生だった。1人の方、乃愛じゃない方は私の存在に気がついてびっくりして居たが、乃愛はそのまま無視して話を続けようとした。


「とりあえず……前提情報はこれで終わりかなあ……ねえ、ちかちゃん」

「ん?」

「本当にこれ、全部聞くの?結構大変だよ」

「おい」


 私は丁寧にドアを閉めてから、靴を脱いで上がり込んできた。


「あー思ったより早く着いたね。ほら、ちかちゃん。この子がさっきから言ってた、友一の可愛い可愛い幼馴染だよ」


 この紹介があまりに照れ臭かったので、私は少しだけ頬を赤らめつつぺこりと頭を下げた。


「塚原真琴です。よろしく」

「あ……近藤(ちかふじ)憐です」


 赤色に染まった髪の毛は、染髪禁止の我が学校に慣れた自分にとって異世界の人に思えた。いやそれだけではない。ちっちゃくまとまった小顔と、ぱっちり開いた二重の瞼。正直言って可愛い。こんな奴が藤が丘に居るのかと、私は嘆きたくなってしまった。


 私は自然と乃愛の横に座った。この子の隣に座ったら、自分が虚しくなる気がしたからだ。というかこの空間で私だけ顔面レベル低いな。そう思うのは事実だからか、それとも自意識の低さからか。


「丁度良かった。今小学4年生が終わりかけのところ」

「ピアノが児童養護施設に届いたあたり?」

「あーその直前」

「了解ーで、私は何をすればいいの?」


 この至極真っ当な質問に、何故か乃愛は首を傾げて返してきやがった。おいこら、なんで呼び出した張本人がそんな顔してんだよ!!


「……ねえ、この話って、本当なの?」


 ちかちゃんと呼ばれていたその赤髪の女の子は、まだ戸惑いを隠せないまま座っている印象だった。


「乃愛が名家の分家出身だったとか……友一君が児童養護施設出身とか……学校であんまり友達がいなくて、養護施設で遊んでいたとか……」

「おう、全部事実だな。むしろ最近までそっちの乃愛しか知らなかったから、今こうして一般人に擬態しているなんて夢にも思わなかったわよ」


 私は呆れた声を出しつつ、部屋を見回した。そこらかしこに生活跡が垣間見えた。何となくそれに腹が立った。嫉妬ではない。羨望の目などしていない。


「強いていうなら……そういやあんた知らないかもね」

「ん?何が?」

「友一があんたのこと好きになった時期のこと」


 この言葉で更に動揺するちかちゃん。水をこぼして台の上を吹く羽目になった。


「え?いつ?」

「小4、バレンタイン。それが終わってから、ピアノの話に行きなさい、ね?」


 時刻はもう、友一帰宅まで3時間ほどとなっていた。

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