昔の話①-3
「ねえねえあんた」
そう声を掛けたのは、いつだっただろうか。やばい思い出せない。覚えている服装は紺色のシャツだったから、おそらく秋頃なのだろう。図書館から出て来たばかりの友一に対して、私は少しだけ威圧的に声を掛けた。友一は驚いて、ビクビクした目でこちらを見てきていた。
「いやいや、何ビクつかせてんのよ。私声を掛けただけよ?」
それはいきなりお姫様に声を掛けられ、どう対応していいのかわからなくなった奴隷のような顔だった。酷すぎる例えだって?だってそれが的確なほど、なんで声を掛けてきたのかわからない顔をしてきたからだ。
「どんな本読んでるの?」
「……今日借りたのは、伝記」
「モーツァルト!?へえー、こんなのに興味あるんだー」
「……伝記は初めて借りた。それだけ」
友一はそうして必要最低限のことだけを言い放つと、さっと教室へ帰ろうとした。その姿が私からしたら不快だったのだ。なんでそんな態度をとるの!?私と目も合わせようとしないで、スタスタと早歩きになって……今ならわかる。色々と間違っていた。主に語勢とか、聞き方とか、態度とか。距離を詰めるにもあまりに下手くそだった私は、その後ろを追いかけながらこんなことを言い始めてしまった。
「新倉くんさ、寂しくならないの!?いっつも図書室に入り浸って、全然みんなと遊ぼうとしないよね!?他向こうの方で、みんなサッカーして遊んでるよ!?混ざりたいとかそう言う風には思わないの?」
「自分……そう言うの得意じゃないから」
「嘘だよね!?私見たんだからね!?あの施設にいる子供達と、思いっきりサッカーをして楽しむ君の姿、私見ているんだからね?」
渡り廊下を歩きながら、2人は同じ方向を向いた状態で話し続けていた。
「あの施設にいる時の君なんて、みんなのリーダーみたいに振る舞って、困っている子がいたら率先して助けてあげて、いつも他の子供達をまとめていたよね?」
「そんなこと……ない……」
「知ってるんだよ。だって私は、貴方の施設の管理人になる女の子なんだから。言うならそう、マリーアントワネットよ。お姫様よ。知らないことなんて何もないわ」
そして校舎に入ったあたりで、ついに私は友一に追いついた。そして手首を握って、こちらを振り向かせた。
「もっと楽しいことをしなよ、ね?」
しかしその掴んだ手首は、一瞬で切り離された。ぱちんと言う音とともに、その人は出てきた。もう1人の養護施設の子ども。
「ゆうくんを、虐めないで!!」
新原真琴は、その小さな背を感じさせない大声で私の前に立ったのだった。




