昔の話①-2
ピアノの習い事は、実はあんまり好きじゃ無かった。どうやら私は、ピアノの才能が無かったらしい。従姉妹のお姉ちゃんがピアニストとして世界的に有名なコンクール取って、その姿に憧れて始めたのだが、どうやら多少同じ血が流れていたくらいでは才能は伝播しないようだった。楽譜を見ながら弾くことができず、リズムを追うのが下手くそで、どれだけやっても不協和音しか奏でられなかった。
「お母さん、ピアノやめたい」
ピアノの習い事が終わった後で、私はそう母親に懇願した。確かこれは、夏に差し掛かる前のことだ。
「せめて1年間は続けなさい。何でも1年待ってみるのが大事なのよ。そこで本当に合わないのか、合わないと思い込んでいるだけなのかはっきりわかるから」
母親はそう言っていたものの、実のところ担当講師と1年契約を結んでしまったことからこんなことを言っていたのだと後から知った。当時の私は1年我慢したら解放されると思って、来年の3月を心待ちにしていたのだった。
私は小学生の頃、水泳や料理、生け花や舞踊など色んな習い事をしてきたし、塾にも行っていたから、実はあまり遊んだ記憶が無かった。まあ分刻みでスケジュールを組まれる鷹翅本家の跡取りに比べたらこんなの大したことないものだったが、当時の私からしたら重くのしかかるものだった。
確かあれは夏休みだったと思う。習い事から帰ってきた後で、私は親の目を盗んで外へ出た。いくら名家といえど分家の令嬢、近くの自販機でコーラを飲むくらいの自由は与えられていた。
私はふらふらっと外に出て、高級住宅街の一角にある自販機に来た。カードを持たされているけれど、私は現金の方が好きなタイプだった。だからあえてお財布ケータイではなく硬貨を入れてコーラを買った。
その時だった。遠くで子供達のキャッキャと笑う声が聞こえて来た。何となく気になって、私は声のした方へ歩いて行った。するとそこでは、私の3つ隣の家近くで、ボールを蹴る男女児童の姿があった。
道幅をタッチラインとゴールラインに見立て、表面の皮がぺりぺりに剥がれたサッカーボールを蹴りあっていた。その輪には、友一君もいた。
「こら!!危ないでしょ!!」
「やべっ!退避退避ー!」
「たいひー」
よく見ると真琴の姿もあった。他数人の児童が、通りすがった私のお隣さんの一括で散り散りに逃げて行った。
「全く……あ、乃愛ちゃん」
「こんにちわ!」
「こんにちわ。いい挨拶ね。ほんと、あのみすぼらしい子供達とは大違い」
お隣さんはため息を大きくつきつつ、困った顔をしていた。
「ほんと汚らわしいわ。何でこんな静かな場所にあんなみっともない施設が立っているのかしら。今度自治会で移転させるよう提案してみましょうかしら……」
「おばさん?」
「いやそれよりも貴女の親御さんに言う方が早いかしら?なんてね。ううん!お家はもうそこだろうけれど、気をつけておかえりなさいね」
お隣さんは、子供達のいた所を何度もにらみつつ、家に戻って行ったのだった。




