昔の話①-1
小学生の世界は、ある意味大人より残酷だ。腕力の強い弱いや、声の大きい小さいでクラスの序列が決まる。弱肉強食で、教師がどれだけ注意してもいじめは無くならない。理論が通じなくて、善悪の区別がつかない。そんな一般人をよく見ておいてくれという意味を込めて、私は公立の小学校に通っていた。
クラスには色んな子供がいた。それは親の年収や見た目だけの話ではない。親からの愛情たっぷり詰まった体操服袋を持っている子供もいれば、既製品で身を周りを整えている子供もいた。小学生は親の愛情が最も顕著に現れているように思えた。それは制服のある中高生との違いだ。
そうした中で、毎日ボロボロのTシャツを着て、ぼさぼさの髪の毛で、死んだ魚のような目で学校に通う男の子がいた。その子は基本的に誰とも喋らず、いつも逃げるように図書室へ向かっていた。20分休みも昼休みも、誰かとサッカーしたり鬼ごっこしたりせず、1人ぼっちだった。それは、新しいクラスになっても変わらなかったようだ。
「ねえねえ、乃愛ちゃん知ってるー?」
話しかけてきたのは誰だっただろうか。あまりいい思い出じゃないから名前まで思い出せないが、とにかくクラスで発言力のあった女の子がこんな噂を流していた。
「あの子、親がいないんだって」
他の子も同調していた。
「あのめちゃくちゃ古臭い建物あるじゃん?コジイン?」
「そうそうそこに住んでるんだよね。あそこに住んでいる子供、みんな汚らしい格好しているよね」
「ほんと、近づいて欲しくないって感じ。なんか変な病気とか持ってそうだし」
「ほら、2組の真琴ちゃんもそうらしいよ」
今から思えばこんな集団さっさと抜けて仕舞えば良かったのだ。後悔するなら、まずはそこだ。しかしその時の私は、その施設を殊更に擁護する気は無かった。そういうものだと認識してしまった。だから、
「そうだよねー」
とうわべで同調するだけでなく、認識ごとそう思うようになった。
確かその噂を最初に聞いた日の放課後だったと思う。私はピアノの習い事のため校門の前に止まった送迎車に乗ろうとしていた。私にとって帰り道は車の中だ。誰かと笑いながら帰宅したことなんてない。
乗り込む前にふと校舎の方を見た。その日話題に上がっていたコジインの男の子が、同じくコジインの女の子と歩いていた。男の子は友一、女の子は真琴だっただろうか。本を読みながら帰ろうとする友一に対して、真琴はそれを必死にやめさせようとしていた。2人とも汚らしい格好をしてじゃれあっていたから、とてもよく目立った。
ほんの少しだけ、羨ましいと思った。ほんの少し、ほんの少しだけだ。
「お嬢様」
背後からそう声をかけられ、私は戯れのような感情を押し殺し真っ黒の送迎車に乗り込んだのだった。




