17時15分、かんぱち荘、近藤憐
「ほら、ここだよ」
17時に駅で待ち合わせをして、少し急ぎ気味に歩いて15分。隣町出身の私からしたら槻山は第2の故郷みたいなものなのだが、歩けば歩くほどその様相を変えるこの街に少し怯えていた。そして乃愛の指差したその建物を見た瞬間に、私は言葉を失ってしまった。
はがれかけの瓦、草が生えっぱなしの駐輪場、無論オートロックもセキュリティも皆無だ。木もどこか腐った匂いをしており、いつ崩れてもおかしくない古さだった。昭和にもこんな建物なかっただろう。外からも見える位置に『トイレ』と書かれた部屋があり、2階には『シャワー』と書かれた部屋があった。もしかして、このアパート?には個室にシャワーもトイレもないのか。テレビの映像で見た古都大学の寮と同格かそれ以上の汚さだった。
「ボロボロでしょ?大丈夫よ、中も見た目通りボロボロよ」
「え?ここは?」
「槻山市孤門町3-4-7、かんぱち荘」
「いや、住所を聞いてるんじゃなくて…そもそも乃愛って、条南じゃないの?あの、北にあるのに条南で有名な……」
「んー、まあその辺もおいおい話すから。上がってきて!私達の部屋は2階だから」
乃愛は草が生えまくった駐輪場に自転車を止めて、階段を上がり始めた。それについていくように私も登っていった。足元の木はいつ抜けてもおかしくないほどで、みしっみしっという音が私の恐怖心を煽ってきた。
「すんごい鳴るでしょそれ。私も降るときはなるべく足元に体重かけないようにリズムよく降りるようにしてるのよ」
「……もしかして、乃愛ってめちゃくちゃ貧乏なの?というか両親は……」
「んー?両親はここには居ないかなー?同居人は今頃バイトしてるんじゃないかな?」
同居人……私にはある可能性が脳裏をよぎっていた。いやいやそれはないだろうと思いつつも、話の流れとしてその可能性がちらついて仕方なかった。徐々に恐怖心は、足元より視線の先へと変わっていった。
「着いた!ここだよ!」
そう言って指差した乃愛は、鍵を持ち出してガチャリとドアを開けた。そこの表札にはこう記されていた。『新倉』と。
私は乃愛の方を見た。乃愛はすべてわかったような顔をしながら、部屋のドアを開けた。私は黙ってその部屋に入った。
2つの匂いが飛び込んできた。乃愛の匂いと、友一君の匂い。2つ並んだ教科書、雑に干された2人の体操服、そして……えんがわんのキーホルダーがついた鞄。
「混乱しないように、事実だけ言うね。私は今、友一と一緒に暮らしているんだ」
乃愛はドアを閉めて、少し自嘲的な笑みを浮かべながらそう告白したのだ。




