放課後の階段下、16時30分、近藤憐
私はその日、並々ならぬ覚悟を持って乃愛を呼び出した。ちろっと聞いた噂で、もしかしたら勘違いなのかもしれない。しかし今の私からしたら、それを聞かなければ何一つすっきりしない段階まで来ていたのだ。
乃愛の過去を知った上で、友一君と付き合いたい。もちろんそれによって乃愛とは疎遠になってしまうかもしれない。それでも構わなかった。でも、乃愛の過去も何も知らないで疎遠になるのだけは嫌だった。誰かではなく、彼女からその話を聞きたかったのだ。
それなのに、乃愛の返答が予想外過ぎて、私はとても困惑してしまった。
「ねえ、ちかちゃんはどうなの?」
軽く微笑む乃愛の顔は、まさに天女が如し神々しさを放っていた。まるでそれは、民衆に慈悲を与えるお嬢様のようだった。私はゴクリと唾を飲んで、正直に言葉を吐いた。
「わ……私も、好きだよ」
少しだけ止まる時間。静寂を嫌って私は同じ意味の文章を続けた。
「私は、新倉友一のことが……好き」
彼の褒めてくれた赤色の髪が少し靡いた。
「うん、初めて会った時からそうだったよね?」
「え!?!?!?」
「今と同じくらい、頬が赤くなってたよ」
え!?!?それは自分でも気づいていなかった。いや私は一目惚れではないと思っていたのだが、まあ最初からそんなに悪い印象はなかったけれど、でもそんな…
「……恥ずかしいよ……」
私は急に恥ずかしくなって顔を伏せてしまった。
それに構わず、乃愛はポツリと呟いた。
「でも、好きだって言ってくれて良かった。だったらもう、何も隠さなくていい」
へ?っと乃愛の方を見ると、あまりに顔がこわばっていて別人かと思ってしまった。顔の造形一つ一つは何も変わっていないのに、こんなにも他人に対して凄味を出せるものなのか。普通の高校生が。
「結論から言うと、付き合っているかと言う問いの答えはノー。付き合っとらん」
少し訛りが入った。あれ?この子こんな訛りあったっけ……?
「でも私らには、まだクラスの誰にも言えていない隠し事を持っとる。本当は誰にも言うなって話やったけど……私は、ちかちゃんには伝えないとって思ってる」
方言と標準語がぐちゃぐちゃになりつつも、その思いだけは十分に伝わって来た。ふと、私の左頬に乃愛の右手が伸びて来た。すっとさするように触れると、そのまま顔を少し近づけてきた。
「絶対に、誰にも言わないでね。もしも言ったなら、ただで済まさないから」
その声を冷たさが、いつもの乃愛とかけ離れていて震えてしまった。私はまるで雲の上の人からの命令かのごとく、頷くことしかできなかったのだ。




