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放課後の階段下、16時30分、古村乃愛

「人がいない所って、ここで良いかな?」


 そう言って私が提示したのは、体育館の2階へ上がる階段の下だった。比較的周りからは遮断されているし、いつもは水泳部がここにある自販機で飲み物を買うのだが、今日は練習が休みであり誰も来ていなかった。


「あ……いいよ!」


 既に覚悟の決まった顔をしたちかちゃんの圧に負けて、私はついついその雰囲気を茶化しに入ってしまった。


「あーちかちゃん知ってる?ここの自販機の裏技!」

「え?この自販機の?」


 それは赤色の自販機で、最も想像しやすい色と形状をしていた。一見すると何もおかしくないそれに、私はお金を入れた。本当は自販機なんかで飲み物を買ったら友一に『贅沢だ!』なんてめちゃくちゃ怒られちゃうんだけど、それはそれ、これはこれ。


「今これ30円入れたじゃん?」

「うん」

「普通、何も買えないよね?」

「貧窮街の激安自販機じゃなかったらね」


 何でこの子は変な所で難しい単語を知っているのだろう。貧窮街なんて、女子高生の語彙力じゃなかった。そういや……いや関係ないだろう。友一がたまにそういう難しい言葉を使っていたような気がしたけど、パッと例が出てこなかった。


「でもね、このレモンソーダってやつ!本当は130円の!これが何と……」


 ピッと押すと、ガタン!っと出て来た。何故か100円を払わなくても出てくるのだ。しかもルーレットが回り、運がいいことに7が全部揃った。もう一本追加である。


「え?まじで!?こんなの初めて!!」


 興奮する私を横に、ちかちゃんは冷えた目で見ていた気がする。まあそりゃそうだろうとは思ったが、私だってそんないきなり腰を据えれるわけではない。恐らく色々考えて決意したであろう彼女とは、心の持ち方に差があり過ぎるのだ。


「んじゃあげるね!2人で飲もっか?」


 そして階段裏手に腰掛けて、1本あたり15円のサイダーを飲んだ。普通の味だ。普通のレモン味だ。でもそれが、普通においしかった。


「おいしいでしょ?」

「普通においしい」

「うん、私もそう思う。普通においしい」


 そして私は息を吐いた。今の一連の流れで、私も決心がついた。うん、ここからは、種明かしの時間だ。


「で?話って何?」


 そう尋ねると、ちかちゃんは少しだけ動揺した顔をして、顔を伏せてしまった。かわいい。お持ち帰りしたいくらいかわいい。あの日みたいに、頬がその赤い髪色と同じ色に染まっていた。耳朶の先端がキュって丸くなっていた。あまりに綺麗な横顔に、私は見惚れてしまった。


「あの……さ」


 ちかちゃんは絞り出すような声で言った。


乃愛(のあ)とさ、新倉(にいくら)君って…付き合ってるの?」


 それに対して私は、そっと手を添えて答えた。


「質問に質問で返してごめんね。ちかちゃんは、新倉君のこと、好き?」

「え?」

「私はね……」


 吹くはずのない風が吹いて、私の髪を少し刺激した。まずはこの告白(ざんげ)から始めないと、何も先へは進まない。そう確信していたから、躊躇わずに言った。


「新倉君のことが、好きなんだ」

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