噂は沈殿し、覚悟は秘匿される
その日、つまり7/3は、濱野恵子→古村乃愛へと電話がかけられ、更に衛藤駿平→新倉友一へと電話がかけられた。どちらも武田魅音の友人、いや親友クラスと言っても良いだろう。そして2人の電話内容は一致して居た。
『古村乃愛と新倉友一は付き合っているのか?』
それを聞いて私は、勿論否定した。否定するかどうか一瞬だけ悩んだけれど、否定した。たまたま会っただけだと焦りながら答えた。そこから長い応酬が繰り広げられたものの、結果としては納得してくれた。
正直ここから、色んな人に噂されて、色んな人から電話がかかってくるもんだと思って居た。それは私だけではなく、友一もそうだった。
「あーなんかめんどいことになったなあ。まあ、噂なんてほっときゃ消えるし、しばらく大人しくしておこうぜ」
なんて言っていた記憶がある。それを私は、実は少しだけほくそ笑んでたりする。嬉しいとまでは言わないけれど、でもちょっと楽しみだったりした。
しかし噂は、私達の知らないところで奥深くに溜まっていくような、そんな感じだった。噂は空気だなんていうけれど、おそらくその空気が流れているのは足元も足元、地面すれすれの所を通行しているのだと思う。要は沈殿しているのだ。普通に生活する目線だと全く気づかないが、よくよく下を見てみたらちょっとずつちょっとずつ橋渡しになって広まっているのだ。だから当人達には全然それが伝わってこない。注意深く下を見ないと、それが伝わってこないのだ。
それを実感した瞬間があった。
球技大会の時、私は本部席とクラスの輪を行き来していた。生徒会長だからというわけではないが、球技大会の運営も生徒会の領分だから仕方なかった。体育委員会だけではなく、我々もサポートしていたから、結構な仕事量だったのだ。
だから空いている時間はあまりなかった。ただ、球技大会が終わってしまえば話は別だ。
私はその日、2年生の球技大会が終了した後、少しだけ片付けを手伝ったのちにクラスの方へ向かおうとした。具体的にはちかちゃんがいた。駄弁っていたのかわからないが、彼女はまだ体操服を着替えていない様子だった。ちかちゃんは遅れて来て手を振る私に対してこう言った。
「ちょっとさ、人のいないところで話しない?」
その時の彼女の顔を、私は暫く忘れないだろうと思った。覚悟を決めた視線に、いつも以上に力のこもった目。それはもう、戦場に来たファイターのようだった。だから私もその日に覚悟を決めた。
覚悟を、決めたのだ。




