6月21日その③
「いないね」
「また即答しとるー!ええ加減にしーや」
乃愛は呆れた声で応対しつつも、どこか心の奥底ではそう予測していたような反応を示していた。
「ちかちゃんは?あんた前興味ある的なこと言っとらんかった?」
「歴史を改竄するな。はないちもんめで指名しただけだ。席が近くて話しかけてくるから話してるだけだ」
「のどかちゃんは?ほら、男の子っておっぱい好いとるやろ?」
そう言いつつ乃愛は細いウエストには十分な胸を見せつけていた。よくそんなこと言えるな。この前胸の小ささで悩んでいたハシラ先輩に謝ってくるべきだと思った。
「そんなもんで彼女決めんのは今野くらいだ」
「それじゃあそれじゃあ……采花ちゃん!」
「ないな。あの手の何も考えずに人生適当に生きてる人間は好きじゃない」
「魅音ちゃん!」
「好きならバンド一緒にやってるだろ」
「巴南ちゃん!」
「特に喋ってないから何とも言えない」
そしてここで少し開いてから、乃愛は少し伏目になりつつ尋ねてきた。
「……んじゃ、わたしは……?」
唖然としてしまった。そんなこと尋ねてくるとは思っていなかったからだ。既に食べ終わっていたから良かったものの、もしもうどんをすすっているときに同じことを言われたら服全体にカレーが飛び散る羽目になっていただろう。そうだ、俺は唖然としていたのだ。呆然としていたのだ。それ以外の感情なんて、俺自身は認識していなかった。
なのに何故だろう。何故目の前の彼女はこんなにも動揺しているのだろう。それはまるで、聞いてはいけないタブーに触れてしまったかのような、それもうっかり触れて、激しく怒られた後のような、そんな顔だった。怯えていた。怖がっていた。自分の表情でその感情が引き出されているのは明白だった。
「ご、ごめんごめん変なこと聞いて!!」
前近藤が尋ねてきた時と全く同じ反応だった。どうしてみんな、そんな対応を取るのだろう。いや確かに、それは絶対にありえないのだが、でもそんな感情、激しい感情を表に出している気は無い。どちらかというとそれは、摂理であり道理であり、ある種の諦念だ。
乃愛は何も言わずに食器をシンクに持っていくと、自分に背を向けた状態で独り言のように呟いた。
「返り血浴びるほどに、誰かの心を、誰かが見つめる季節」
そして振り返った。
「友一、今年の夏はさ、ちょっとだけ頑張って遊びたいなって、そう思うんだ。来年は公務員試験が近いしね」
その顔からは、先ほどの質問など露ほども存じぬ様子だった。俺はいつだって、感情を理解するのが遅いのだ。本当の自分の感情を、いまだに理解していないのだ。
CRAZYFOR YOUの季節。俺は一度だけ心の中でつぶやくと、シャワーを浴びる準備を始めたのだった。




