6月19日その②
「バイトかな」
「即答!?!?」
乃愛は飲んでいた水を噴き出しそうになっていた。そんな漫画みたいな表現する人初めて見た。俺は渋々キャベツを口の中に入れていた。
「いや、さ?バイトはええと思うよ」
「うん」
「それで食わしてもらっとるし、むしろ感謝しとるで」
「うん」
「でもさ、バイトって1日6時間の、週5が限度やろ?他に時間結構あるやん?ご飯とかシャワーとか睡眠時間抜いても1日10時間弱は残っとるやろ?」
「そんな残ってるか?いいとこ8時間くらいだろ」
「細かい数字はええねん!それに週に2回は休みがあるわけやん?そこでは何して過ごすん?」
シャクシャクシャク……キャベツを咀嚼する音だけが響いていた。
「バイトかな」
「バイトするんかい!」
「高校生でもできる短期バイト探す。手渡しだったら申告しなくてもバレないし」
「あんた……どれだけバイトしたいんや……」
俺はコップに手を伸ばし、水を飲んでから答えた。やはり味が濃かった。
「いや、別にやりたいことないから、とりあえず働いてたら時間潰れるじゃん」
「それ完璧社畜になっとるやん!!そういう人間がおるからこの国の労働環境は良化しとらんねんで!!」
「え?そうか?暇だから働くって普通の発想だろ?」
「あんたこの日本に60万人おる若年無業者に謝ってき?その発言で死ぬほどブチギレとるはずやで」
乃愛はやれやれという表情でこちらを見てきた。
「もうちょっとなんか、ないん?夏やで!?花火、お祭り、海!色々あるやん!?そんな高校2年生の夏休みに暇な時間嫌ってバイトおかわりって、人生無駄にしとるやろ!それならせめて1人でピアノ弾きに行くって言ってくれた方がまだ良かったわ」
「んじゃピアノ弾きに行くわー」
「いやそうやなくて!!何あんためんどくさい上司に話し合わせる飲み会の部下みたいなことしとるねん!私はもっとこの夏を楽しもうって思っとるだけやって!!」
とここまで話して、乃愛は水を汲みに立ち上がった。それを見越したように、俺は手を合わせた。
「ほんま、将来後悔しよるで。もっと遊んでたら良かったー!って……友一?」
素早い動きでシンクへ近づいた俺の腕を、乃愛はガシッと捕まえていた。
「ゆういち?何しとるん?」
「いや……ご馳走さましたから食器片付けようかなあと…」
「ほーん?なんで微妙にそれ残しとるん?」
俺は色々言い訳を考えた結果、考えるのをやめた。
「味濃いから」
「何あんた死んだ魚の眼をしながらそんなこと言っとるねん!嘘やろそんな食べれるほどやないやろ??」
「んじゃ食べてみろ!」
そして俺はごく自然な動きで俺の使っていた箸を使って肉をひとつまみした。それを自然な動きで乃愛の口元に持って行って、パクリと食わせた。
「どうだ?濃いだろ?」
しかし乃愛からの反応は鈍かった。中々感想が返ってこない中で、視線を外し耳を赤くする乃愛に、俺は訝しげな視線を投げかけていた。長い時間咀嚼して、ゴクリと飲み込んで、絞り出すように返ってきた返事は、
「なんか、よーわからんくなった」
だった。




