6月7日その⑥
「そんな感じで、最後はみんなにピアノを聞かせて終わりましたとさ、ちゃんちゃん」
「中々にええオチついとるやん!完成度高いと思うで」
その日の夜のことである。乃愛は今日の晩ご飯をしっかり支度した後に、皿洗いも済ませて俺の話を聞いていた。たまのバイト休みくらい俺がやろうかと提案はしてみたものの、固辞されてしまったのである。
「にしてもお疲れ様やで、結構遠いとこあって、行くん大変やったやろ?」
「まあ自転車使ったからそこまででもないし」
「あの坂やとむしろ自転車の方が辛ない?」
「それは大いにありえるな」
そしていつもの通り、水を汲んで注いでくれた。
「最近それ、乃愛にやらせてばっかだな」
「申し訳がらんでええって。ほら、隗より始めよとかいう言葉もあるやん」
「……乃愛、えらく上機嫌だな」
今日一環として声色の高い乃愛に対して、俺は少しだけ目を細めながら尋ねた。
「え?えーっと、いや、そんなことない…」
「いや別に上機嫌であることに文句を言いたいんじゃないけど、なんかあったのかなあって」
「ほら、友一がピアノ弾いたってのが嬉しくてね」
ここで一息いれてから、俺はにこにこの乃愛に向けて今日決心したことを伝えることにした。
「乃愛」
「ん?」
「バンドの話、どっちも断ることにした」
「ん!」
「驚かねえのな」
「驚かんよ。なんでバンドの話を辞めにしたかなんとなくわかっとるからね。なんならせーので言ってみる?」
いいよとも言わずに、すううっと息を吸った。そして、
「「別にピアノは1人でも弾けるから」」
2人完璧なタイミングでハーモニーを奏でた。俺は素直に驚いていた。この女はもしかしてテレパシーとか使えるのかもしれないなんて、バカなことを考えるくらいには困惑した。
「バンドの話やめるってんなら、この理由しかないかなって」
「流石だなあ、乃愛は」
「えへへ!もっと褒めてくれてもええんよ?」
そう言いつつコップを傾ける乃愛は、いつもより少し艶やかに見えた。
「ふと思ってしまったんだよ。ピアノ弾きたいんなら、あそこに帰って弾いたらいいじゃんって」
「うんうん」
「別に無理して誰かと弾かなくても良いんじゃないかって。無理して誰かに発表する必要なんてないんじゃないかって。間違って…」
「間違っとるわけないやん」
即答だった。そして乃愛はにこりと笑って優しい声でこう言った。
「友一、やりたいことは我慢しとったらあかんけど、やりたくないことも我慢しとったらあかんで。ほんまにやりたいことはなんやろって考えとかんと、望んでいた未来に辿り着けへんで」
そう言った後、
「なーんて、説教くさくでごめんな」
と戯けるまでが彼女のテンプレだ。そんな彼女を見て、言いたいことが山のように溢れてきたものの、自分の中でうまく消化できなかったから
「ありがとう」
としか言えなかったのだった。




