6月7日その②
「わざわざ出向いていただいてありがとうございます。樫田様」
「そんな、畏まらなくていいよ。昔のままの呼び方でいいさ」
ぺこりと頭を下げた俺に、樫田さんはそう言って遠慮しがちに手を振った。あいも変わらず人の良さが滲み出た保母さんだ。児童養護施設の職員を保母と呼ぶのはおかしいのかもしれないが、俺は昔からそう表現してきた。
「っと言っても、君はここにいる時から樫田さん、だったね」
口調を文字に起こすと冷たそうだが、そこそこ含んだ重低音がむしろ暖かさを増していた。樫田さんは門を開けて、中へ誘導していた。
「本日はよろしくお願いします」
「いやなあに。むしろたまにくらい帰ってきなよと思っていたくらいだから、もっと気楽でも、いいんだよ。それとも……」
「いえ、大丈夫です」
何か余計な心配をされる前に、俺はそれを遮った。
「昔からこんなやつなんで、自分は」
そしてそれを樫田さんは否定せずに、一緒に歩いた。
「高校生活は順調かい?」
「順調、が何を指すのかはわかりませんけどね。まあでも、不登校にもならずいじめにもあわず、のんびり暮らしてますよ」
「ふふ、友一君らしいな」
樫田さんは少し伸びーっと手を伸ばしながら歩いていた。軽く腕のストレッチをしながら話しかけるのは彼女の癖だ。
「こちらは順調ですか?」
そんな樫田さんも、この質問には想定していなかったのだろう。少し反応が遅れたのちに、少し自嘲の笑みをこぼしていた。
「順調、が何を指すのかわからないけど」
「パクリじゃないですか」
「ははは、悪い悪い。でもそうだね……里親受託率は飛躍的に向上したね」
「それは、よかったですね。3年以内に75%でしたっけ?」
「鷹翅全体では2年で75%だね。全く、政府連中はまだまだ議論の余地があるって逃げてるのに、うちのトップは対応が早いから困る。特にうちみたいに、このご時世でも孤児を積極的に受け入れている所にはなかなかに辛い条件だよ」
樫田さんはそう言ってはあとため息をついた。この話をするということは、俺が本心からあのことについて恨んだり憎んだりしていないことが伝わったのだろう。この人は無遠慮ではないし、むしろとても気の使える人だ。12年半育てられたのだから、それくらい理解できた。
向こうの方から女の子が1人走ってきた。それも見覚えのある女の子だった。変わった点といえば2つ結びだった髪の毛が短くなって向かって左側の1つ結びになっていたことくらいか。
その少女はそのまま抱きついてきた。やはり背は少し伸びていたので、少しふらっとしてしまった。
「お久しぶり!!友一兄ちゃん!」
この子の名前は京華。新居京華。昔の俺と同じく、孤児として保護されている小学5年生だ。




