4月6日その④
休憩明けいきなりだった。
「ただ今戻りましたー」
「あー新倉君、彼女とお話ししたいのにごめんねー」
柱本さんの鬱陶しい声に、俺は猫みたいに丸まった手を振って応対した。これくらいの適当な返しでないと、真面目に付き合えば付き合うほど馬鹿を見るのは明白だった。
「何?新倉って彼女いんのか?」
「店長、便乗しないでくださいいませんから」
「でもでも、さっき一緒にご飯食べるかどうか聞いてたでしょ?」
「盗み聞きですか?仕事してください」
そう目で牽制しつつ手を洗う。ここから野菜を切ったり刺身を盛り付けたり野菜炒めを作ったりと何かと忙しいのだ。ただでさえ今日の仕事は慣れていないのだから、馬鹿な話はやめて仕事をしてほしい。
「聞こえたんだから仕方ないですよ、ねー店長?」
「それは仕方ないな」
「しかも電話した後ニコニコした顔で画面眺めていたんですよー!これはもう、ね?」
「店長、後何作ります?」
腕をさすりつつ店長の方へと向かっていった。早く引き継ぎをしないと、いつまでも店長は休めない。
「あーサラダはトマトとポテサラが少なめ、惣菜は全体的に少なめだから作っておいてくれ。それと明日用に……」
「タケノコですか?」
「そうそう新メニューで使うタケノコのアク抜き。宜しくな。手順は確認したか?」
「大丈夫です。後、焼き鮭が在庫微妙ですが焼き切りますか?」
俺は冷蔵庫を確認しつつ尋ねた。
「そう、だな。時間があればで良いが宜しく頼む」
そう言って店長は颯爽と休憩に…入らずに柱本さんのところへ行って指示を出して…いやあれはただダベっているだけだ。おいこら、いくら客が居ないからってのんびりするな。仕事しろ。
2人のよくわからない内緒話は置いておいて、俺は作業を進めていた。サラダを盛り付け、レタスを洗い、ポテトサラダを作り…うーそろそろ、しっかりご飯を食べないと倒れてしまうな。このところの極貧生活は、大凡後10日で解放される。まあ解放されたとしても、サイゼリアに行けるようになるかどうかくらいだが。
「で?誰からの電話だったの?」
気づくとこちらの厨房スペースに柱本さんがきていた。手を後ろで組んで、舌を出していた。耳元のピアス跡が、この日はやたらと大きく見えた。
「…先輩、仕事してください」
「するよーさっき店長から高野豆腐の卵とじ作れって言われたから!」
「別に俺がやり…」
「で?で?誰から??」
有無を言わさず彼女は俺の対面で豆腐を丁寧に切り始めた。俺は躊躇いつつ、無難な言葉を探した。
「…家族からですよ」
間違いではない。何1つ間違いではない。しかし何だろう、このしっくりきていない感じは…腑に落ちないとは、こういう心境を指すのだろう。
「なーんだ家族かあ!」
柱本さんはわざとらしくため息をついた。その目から疑念という感情は消えているように思えた。




