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6月7日その①

 槻山市には2つの国道が通っている。『ムサシ』の相性で親しまれている国道634号線が東西を横断しており、特に最適な略称が思いつかれていない国道570号線が南北を貫いている。そしてこの2つの道の交差地点がほぼ槻山市の中心であり、そこから東西の概念と南北の概念が規定されていた。俺の住んでいるところは南南西、つまらムサシより南で570号線沿いからほんの少し西側に居住している。因みにバイト先はムサシ沿いにあり、自転車数分の帰宅距離はその殆どが南へ進路を取っているのだ。そして今日の目的地、鷹翅児童養護施設があるのは北北東、ほぼ真反対の位置にあったのは偶然ではない。


 自転車で少し坂を登りつつ、アストファルトからの反射熱を一身に浴びていた。今日の気温は35度にも迫る勢いらしい。まだ6月とは思えないその暑さは、この後に訪れる大雨へのフリなのだろう。だって今の季節、本当は梅雨だし。


 もう少しこの坂を登って行くならば、もう電動自転車か原付きバイクが手放せなくなるだろう。まあ自分は免許なんて持ってないし、運転する権利もないけれど。いや権利がないのは電動自転車(ぜいたくひん)も同じだけどな。俺のオンボロ中古自転車が軋み悲鳴を上げつつ、登りきったところで後ろを振り返った。


 何回見ても綺麗な景色だ。前方下に高速道路が通っていて、その先に広がるのは先程のムサシと570号線だ。駅前に乱立するマンションも、市役所の立派な建物も、ここからなら見下げて俯瞰できた。ここからなら、夜には星だって見えるかもしれない。いや違うな。昔はこの辺りで星を見ていた。学校でもらった星図早見表を片手に、七夕に織姫と彦星を探していた。訂正するなら、今でも星が見えるのだろうか、だ。もうあの頃より新築住宅が軒を連ねたから、明るくて見えないかもな。少しだけ寂しくなりつつ、また漕ぎ出した。ここまで来れば、目的地まで後少しだ。


 古都の名家の1つ、鷹翅(たかつばさ)家が平安時代に個別に設立した小規模な施薬院(せやくいん)を本流とするなどという眉唾な看板を背負う、槻山市北東エリアの中流〜高級住宅街にその居を構える児童養護施設。その略称は単純に、鷹翅と呼ばれていた。


 懐かしい街並みだ。かつて暮らしていた頃と何も変わっていない。すぐ隣にある500mlのお茶が160円する自販機とか、やたらと広い車庫を持つ平べったい家とか。学校へと続く道にあった屋根瓦も全て真っ白な家をホワイトハウスって呼んで待ち合わせにしたり、狭い小道を目一杯使ってサッカーをして危ないだろって怒られたり、不思議と楽しい記憶しか想起しなかった。


 門の前には、2年前と変わらぬ守衛さんが立っていた。その隣には……


「久し振りだね、友一君」


 かつて面倒を見てくださっていた樫田さんが出迎えてくれていたのだった。

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