6月6日その⑥
「どうしようかなあ…」
俺は畳に手をついて、天井を見上げながら悩んでいた。鷹翅にはとりあえず事情は説明していた。しかし経緯は伝えたものの、参加しないとは明言していなかった。
「まだ決めとらんの?」
「うん」
「そっかあ……」
ブーって音が響いた。いやだからバイトだって言って来ただろ?確かに嘘だが、少しくらい諦めて欲しかった。多分自分の忠告なんて忘れて、古森は電話して来たのだろう。
「最近思ったんだけどさ」
「うん?」
「俺って、苦手な人っていないと思ってたんだ」
「うん」
今日は珍しく乃愛が聞き手である。いつもとは逆のロールだ。
「多分だけど、人生を適当に生きている人は、あまり好きじゃないんだろうなって」
「適当に?」
「ほら、今目の前の楽しいことにしか興味がない人とか、明日のことも考えずに楽しんでいる人とか……例えるなら柱本先輩みたいな」
「唐突にハシラさんdisられとるやん」
そういう乃愛も会ったことがないのに柱本先輩を気軽にあだ名で呼んでいた。
「なんか、全ての行動にとは言わないけど、これこれこんなことをやる!とか、これは譲れない!とかある人の方が合うな。信念というか、そう言ったものを持って毎日を暮らしている人…具体的に言うと正月に書き初めしてその目標をトイレの壁に貼ってそうな人」
「あんたこれまたわかりやすい例え繰り出しとるなあ」
パッと最初に出て来たのは塚原真琴だった。彼女には色々とひどい目に遭わされ続けてきたが、それでも根本的には馬の合う2人だと思っていた。
「クラスの人やと?」
「遠坂かなあ」
「そこは私やないんやなー!」
「なんでも自分をあげてもらえると思うな。彼女じゃないんだから」
自分で言っていて、少しだけ恥ずかしくなったので、頭を振って雑念を飛ばした。
「だとしたらさ、自分の信念ってなんなんだろうな」
俺も水が欲しくなってきた。話し過ぎは口の渇きを誘発するからだ。しかしそれを察したように、乃愛は立ち上がって水を汲みに行ってくれた。
「喉乾いてきとるやろ?お水飲むんやで」
「まじか、ありがとう」
そして容量の8割水の入ったコップを机に置き、卓袱台の反対側へ着席する途中で、乃愛は口を開いた。
「友一さ、一回小学校とか行ってみたら?」
んん??疑問な顔をしていると、乃愛が言葉を繋いだ。
「躓いたり悩んだりしたら自分のルーツに迫るんが得策って、よく言ってたからさ。昔こんなこと考えてたなあって思い出してたら、今後の展望も開けるんとちゃう?」
いや、それなら小学校より……いや、彼女は配慮したのだろう。俺と、彼女の過去に忖度して、その言葉を出さなかったのだ。ならば俺が言おう。俺は大丈夫だと、本気で知らせるために口を開こう。
「んじゃ、明日鷹翅行ってくるわ」
少し驚いた乃愛の顔を宥めるように、俺はにっと笑って応えた。そうだな、ルーツを迫るというのなら、あそこ以上のものはない。それだけは確かだった。




