6月6日その④
そう言えば今年の初めに言っていたな。近藤憐は思いやりのできる子で、優しくて、それに口も堅いし……辛いことがあったらなんでも相談に乗ってくれるめっちゃいい子なんだと。そんなことを乃愛が語っていて、なおさら俺たちの過去についてバラしてはならないという結論に至っていたな。そして今、そのやりとりの真意を痛感していた。
「…………」
誰も居なくなった教室で、近藤はじっとこちらを見てきていた。急かせるような視線は、その髪の色とは真反対で異常に冷たく感じた。
「あの……」
「何があったの?新倉君?」
「や、野球部行かなくて良いのか?近藤」
「元々今日はここでライティングの補習があったから大丈夫よ。ほら、沢木と衛藤と采花ちゃんが来る前にチャチャっと話してよ、ね?」
なるほどだから教室に残っていたのか。そういや休み時間に沢木が騒いでたな。『再試験マジめんどくさいっすー!』とか。
「い、いや別に何もないし、そっちが気にしすぎてるだけ…」
「にーいーくーらーくん?」
それはもはや獲物を見るハンターのような雰囲気を纏っていた。何を捕まえるつもりだよこいつと少しだけ呆れてしまった。このまま黙りこくっていたならば、他の補習受講者が訪れ俺は解放されるのではないか?しかしながらこの視線に、目の前の少女のプレッシャーに、俺は耐えることができなかった。
「や、武田さんにさ」
「うん」
「バンド、誘われてさ」
……あれ?一気に雰囲気が緩くなったぞ?さっきまでの張り詰めた緊張が、すっと引いてしまったようだった。
「さっき呼び出された時?」
「さっき呼び出された時。体育館の裏手ってどこだよって思ったら、階段の下までわざわざ連れてこられてそんなこと言われてさ」
近藤憐、突然頬の色が彼女の髪の色と同化した。顔を抑えて下を向いていた。何かに対して恥ずかしがっている様子だった。俺は状況が飲み込めていなかったが、これは好機と思った。
「なにか勘違いしてた?」
「……してないもん」
いやこれは何か勘違いしていたな。それから顔を上げられない彼女の姿を確認して、俺は席を立った。
「いやちょっと待って!」
「そろそろ補習だろ?」
「うっ……そうだけど……んじゃ1つだけ!結局藤棚ステージには出るの?」
少しだけ間を空けてから答えようとした。まだ決めてないよって答えようとした。そうしたらドアがガラガラと開いたので、つい言葉を飲んでしまった。
「あれー?にーくらいるじゃん!あんたって頭良さそうな顔してるのに補習なの?」
古森がいつもの短いスカートをひらひらさせつつ指差して来た。彼女がいるのはまずいと思い、俺はそそくさと教室を出た。
「補習じゃねーよ。そこまで頭悪くないし」
なにおう!!という声が聞こえて来たが、もう廊下に避難した後だった。




