6月6日その③
自分は大きな勘違いをしてきたのかもしれない。
これまで、直接的にバンドメンバーに入るとか、演奏会に出るとか、具体的に指定して勧誘してきた人間なんて、塚原真琴ただ1人だった。
中学以降は、自分がジャズフェスで演奏しているなんてこと、他に知っている人がいなかった。
塚原真琴は、相変わらず演奏会を見つけてきたり、路上ライブに誘ってくることがままあったが、それも中学二年生に入った頃から数を減らしていた。
古村乃愛は…まるで罪人のような顔をしつつ、遠慮しがちに話を合わせるだけだった。
だからかもしれない。
武田魅音の説得があまりにも新鮮に映ってしまった。
具体的な日付や目的を指定して、どうしても一緒にやりたいと懇願する彼女の視線は、あまりにも真っ直ぐだった。
そこには遠慮の1つもなかったし、配慮する過去など何1つ知り得ぬからこそなせる純真さであったと思う。
思えばこんな風に、腹を割って直訴されたことなんてほとんどなかった。
ダメだな、自分は甘やかされていたのだ。
自分の過去を念頭に置かれぬ懇願なしに、自分の信念を絶対だと思い込んでいたのだ。
それはまさに井の中の蛙状態だ。
だからと言って、昔話を武田にするか?
いやそれはダメだ。
何よりも自分自身が、それに耐え切れる気がしなかった。
ぐんぐんと歩いていく階段。
見通し誰もいない廊下で、俺はふと目をつぶってしまった。
目をつぶったまま、歩いてしまった。
瞼の裏に浮かんできたのは、かつてのコンクール。
誰もが拍手をくれた。
自分の境遇を知る者の中には、涙を流して喜んでいる人もいた。
その中で1人、真ん中手前に座る女王様。
その煌びやかな洋服を纏った少女だけは、ずっと睨みつけ続けていた。
その顔が忘れられないのだ。
恐怖ではない。多分これは、そうではない。
ただ、崇拝しているだけだ。
なんならまた見たいとすら思っているのだ。
あの時の少女がまた現れるなら、自分は…
「新倉君!?」
その言葉でハッとなった。目の前にはもうぶつかる寸前の距離で近藤が立っていた。いつも通りの野球部ジャージに、少し浅めにかぶった帽子が映えていた。
「どうしたの?考え事!?危ないよ?」
近藤は少し顔を逸らしつつ尋ねてきた。
「や、なんでもない」
「……ほんと?」
「ほんと、んじゃね」
そうして去っていこうとした瞬間に、近藤は俺の手を握った。そして少し引っ張ったらその手を離して、目をしっかり見つつこう言った。
「嘘はダメだよ新倉君。私、そういうの絶対ほっとかないから」




