人生適当に生きたい
「あのーリーダー?」
電話に出た彼はすでに酔っ払っていた。また日本酒を大量摂取したのだろうか。確かこの人明日から2週間教育実習じゃなかったか?流石にバカだと思う。流石に。
「んにゃー?あきらちゃん?」
「誰ですかそれは。塚原ですよ。塚原真琴です」
「あー。あーー!!」
「ピンときてないじゃないですか!いやあんたにとってはeitheなんて数あるバンドの1つでしょうけど、話したいことあるのでいつもの陽川さんに戻ってくれません?」
私は知っている。この人は死ぬほどお酒が強いということを。いつも夜6時ごろからお酒を飲み始めるということを。そして、今の時刻は夜6時15分だから、ほぼお酒など飲んでいないということを。
「えーもっとからかいたかった!」
「ほんと録でもないですね。それよりも聞きたいんですけど、17日のやつ」
「あー児童養護施設で演奏したついでに俺のレポートの助けにしてしまおうってあれ?」
「あれそんな意味もあったんですか…じゃなくて、何であれにゆ…norを誘うの忘れてたんですか??」
ゆういちでもにいくらでもなく彼をのあと呼ぶのは新鮮だった。しかし、皮肉なことに、この音楽の世界における彼の名前はnorなのだ。
「…………」
陽川さんはしばらく押し黙ってから答えた。
「忘れてた」
まあそんなところだとは思っていたが。
「しかも確認取ってないのに彼出席ってことにしたでしょ?」
「あーしたかも」
「……適当すぎません?」
「まあ無理だったら来れなくなったってすれば良いし、向こうも急に来るより急に来れなくなる方が対応しやすいし…」
「いや、事前に知らせた通りの人間が来るってのが理想だと思うんですが…それに、」
ここで唐突に発言を切ってしまった。そうだった。この人は、新倉友一が鷹翅出身だということを知らないんだった。同じ年代の人なら私らの出自について知っていることもあるかもしれない。でも大学からこの街に住む陽川さんにはノーチャンスだろう。
「……何でもないです」
「もしかして、直接norと連絡取ってくれた?」
「まあ、そうですね。バイト先での集まりで」
「返事は?」
「考えとくとのこと」
んー?という声が聞こえてきた。個人的には少し恥ずかしいところを見せてしまったから、あまり思い出したくなかった。
「ま、答えあったら教えて。出来れば当日の朝までにあったらいいかな?」
「期限遅すぎません?」
「むしろ早すぎると思ったんだけど。ライブ30分前とかでも別にいいし」
「…ほんと、適当ですね」
「そりゃ、人生なんて適当に生きなきゃ、息苦しくなるっての」
そう言ってとぽとぽと音を立てお酒を飲む彼の姿勢を、新倉友一も少し見習って欲しいと思った。ほんの少しだけ、で良いけれど。




