6月4日その③
懐かしい夢を、立て続けに見た。
小学生の頃の自分の話だ。
とある少女に恋をした。
いや違う、俺は少女に恋なんてしていなかった。
あれは崇拝だ。
信仰の拠り所だ。
少女が白だと言えばカラスだって白くなる。
少女が四角と言えば太陽だってスクエアになる。
少女の言葉は絶対だ。
少女の好みが全てだ。
でも、それは恋ではない。
自分のものにしたいだなんて、これっぽっちも思わない。
自分のものになんて、むしろなってほしくない。
自分のような卑しい身分となんて、一緒に居てほしくない。
例えるなら、マリーアントワネット。
史実ではなく、伝承上での王女様。
そして自分は、王女様の美しさに歓声をあげる奴隷。
それでよかった。
それが良かった。
それ以上のものなんて、自分には求めて居なかったのだ。
ツインテールの髪型。
端正の取れた顔立ち。
そして、気品に満ち溢れた高圧的な態度。
それはまさに、王女様だった。
そしてあの頃の少女はもう……
「ゆーいち!起床の時間やでー」
夢の途中で起こされてしまった。相変わらず寝汗がひどかった。乃愛はあまり元気のない表情のまま、目玉焼きと食パンを出してきていた。
そのまま手を合わせて、いただきますをする。
「今日は乃愛、水泳部の試合じゃなかった?」
「だから早めに起こしたんやん。私はもう食べたで。なんならそろそろ出るで」
「もしかしてバイトがあるから起こしてくれたのか?」
「そうやでーほらほら感謝しとるかー?」
顔なんて見ないでもわかる。古村乃愛は未だに気が落ち込んだままのようだ。声もいつもより低めだし、どう見てもこれから地区大会へ向かっていく人間のものとは思えなかった。なんとか励まそうと思ったのだが、俺も俺で上手いこと話せなかった。
「ゆーいち、また魘されとったな」
「やっぱりか」
「自覚あったん」
「久し振りに王女様の夢を見てた」
乃愛の顔が強張るのは想定通りだ。
「それは…しゃーないな」
「だろ?」
そしてお互い、会話が止まってしまった。次に紡ぐべき言葉が出てこなかった。
「頑張ってな」
「うん」
空虚なやり取りだった。まるでクラスで三言くらいしかコミニケーションをしてこなかった関係のようだった。少なくとも、今までのような近い関係ではなかった。
「んじゃ、行ってくるー!」
「うん、行ってらっしゃい」
バタバタと飛び出して行く彼女の後ろ姿を見て、お互いの心の落ち込み具合を改めて確認していた。つい最近までは励ます側だったのにな。解決の見えないそれに、気の晴れないそれに、俺は肘を卓袱台に置きつつ溜息をついたのだった。




