表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Neither Nor〜友人にも恋人にもなれない2人の物語〜  作者: 春槻航真
とある同僚の食事パーティ
139/365

6月4日その①

 あたし、嫌い


 声が響く。


 あたし、あんたがピアノ弾いてる姿を見るの大嫌い


 懐かしい声が響く。


 2度と弾かないで!2度と私の前でピアノを弾かないで


 思い出したくない声が響く。


 もしも弾いたら、許さない


 でももう一度聞きたくなる声が響く。


 また、あんたを爪弾きにしてあげる


 その声は、未だに俺の心を巣食って離さない。


 ねえ、わかってるの?


 その声の主は…声の主は…


「ゆういちー!ゆういち…」


 はっと目を覚ましたら、隣で悶える乃愛(のあ)がいた。なぜか分からないが、乃愛の手首を強く掴んでいたらしい。


「友一、痛い」

「あーごめんごめん!」


 そうして俺はパッと手を離した。灯りをつけて乃愛の手首を確認すると、真っ赤な跡ができていた。


「うわー赤くなってる。本当にごめんな」

「いやまあ全然大丈夫やけど、むしろ友一の方が大丈夫なん?あんた相当魘されとったで。なんか悪い夢でも見とったん?」


 そう言われて身体を見てみたら、大量の引っ掻いた跡が滲み付いていた。首や肩、胸にもあった。


「え?え?ちょっとほんまに大丈夫??」

「いやまあ痛いわけじゃないから身体的には大丈夫だと思う」

「いやあんたのメンタルが心配やわ。とりあえずシャワー浴びてき?今の時間やったら他に使っとる人おらんやろし」


 時刻は午前2時を差していた。所謂丑三つ時だ。幽霊の一つくらい出てこないだろうかと好奇心(しんぱい)するほどの余裕はなく、俺は何も考えずにシャワーを浴びて来た。洗い流そうとしても引っ掻いた跡は中々に落ちてくれなかった。そりゃそうだ。これは汚れじゃなくて傷なのだから。修復には温水ではなく時間が必要なのだ。


 それでもシャワーは、大量にかいた寝汗のベタベタを洗い流すに最適解であった。深夜に入るシャワーというのは中々に新鮮だった。それだけでリフレッシュとはならなかったが、多少の気分転換にはなったと思う。


 思い切って下着も変えて、部屋に戻って来た。乃愛はもう目が冴えてしまったのか、布団を端に避け卓袱台を出して、そこに肘をついてスマホを見ていた。


「おーおかえりー」

「完全に起きてんのな」

「眠気なくなってもうた。しばらく起きてよかな」

「それはすまなかったな」

「友一も、付き合ってや」


 そして乃愛はコップを2つ取り出して、そのどちらにも水を入れていた。貯水タンクに入った神社の井戸水だ。ここの水道よりは衛生上良好であろう。


「ほら、なんかこれ、お酒みたいやない?」

「透明なお酒って何だよ」

「結構あるやろ。日本酒とか」

「日本酒コップで飲んでたらすぐ酔いそう」


 そんな軽口を叩きつつも、俺は乃愛の対面に座って水をいただき始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ