6月3日その③
「真琴ちゃんはさ、結局家を継ぐ感じ?」
「そうですね!卒業したら美容学校に通って、美容師になって、あの古ぼけた理髪店を世界一おしゃれなオンリーワンなお店にしたいなって」
「すっごい!めっちゃ立派な夢だね」
「昔っからそれが夢だったんすよ!まだまだ諦めてないっすよ!」
塚原真琴のこの言葉は本心だ。よくわからないロールプレイばかりを行うのが彼女だが、このことは昔から何度も聞いて来た。お陰様で今はダンス部と実家の手伝いとバイトの三足わらじ状態である。そのためかこの中で1番バイトに入る回数が少なかった。と言うか高校生で週5入って8万円稼ぐ奴の方がおかしいらしいのだが。
「新倉君は?何かある?」
柱本先輩は悪意0%の顔でそう尋ねて来た。すこしだけ樫田さんが動揺していた気がしたのは気のせいだろう。あの人が驚く所以など何もない。
「特にないですねー」
「まあでも藤ヶ丘なら進学でしょ」
「うちくる?うちなら十分圏内でしょ?」
先程まで辻子さんとビールの煽り合いをしていた五領先輩が急に勧誘して来た。そういや、彼女の進学先は県立大の理学部だったか。確かにうちの生徒でも多い進学先だった。それに、県内在住なら少し優遇もある。奨学金関連の優遇ならなおさらだ。
「僕が来る頃五領先輩は卒業してますけどね」
「なにおー!ドクターかもしれないわよ!」
そう言って笑ってごまかした。先のことなんて、なに一つ考えたくなかった。
「まあなにも考えたくなかったら私みたいに経済学部入りなよ!この辺の国公立も難関私立もとっこもあるし」
「いやそうしたら生肉食べるようになるっすよ」
「樫田君!そういうからかいはやめてよ。それ、結構反省してるんだから」
「まあ元々あんたがノリで生焼けの肉食って食中毒してシフト開けたから始まった焼肉だからね。別にいいでしょ」
「五領先輩…正論で私を殺さないで」
「ハシラさんー!これ、好物でしょ」
辻子は少し震えた手つきでひょいっと山形牛の肩ロースを菜箸で捕まえていた。
「いやだからトラウマなんだって」
「とりあえず、なんの目標も持たずに大学進学したらこうなるってことがよくわかりました。これはいい反面教師ですね」
それはそうだな。大学進学すら悩んでいる自分からしたら、楽しんで馬鹿騒ぎしている同級生を尻目に学校と家を往復する生活になる気しかしなかった。そんな、高校生活と変わらない状態に、年数十万とか百数十万とかかける意味はどこにあるのだろうか。いや別に、柱本先輩を否定したいわけではないが、単純な疑問としてそう思った。




