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彼女は自らの望みに従い

 理髪店での私の業務は、主に掃除や雑務、受付や金銭のやり取りなどである。実は美容師や理容師は資格がなければお客さんに触れる業務を行うことはできない。まあぶっちゃけ守っていないお店はいっぱいある。一応違法なのでと言って、うちの両親はそれを認めていなかった。実の娘なら働かせてくれよと言いたくなったのは内緒だ。あと3年、あと3年あれば私は美容学校を卒業して、資格を取り、このお店を継ぐことができる。そしてこのお店をもっと大きくして、誰からも愛される美容師になりたい。それが私の夢であり、生きる希望だ。


 その日も私は、受付に座りながらのんびり教科書を見ていた。明日の数学のテストに向けてのものだ。正直内容は何一つわからなかった。こさいんって何?さいんって何?そりゃ賢い人にとっては使うのかもだけど、私が生きるには不要なもの。そんなの勉強して何になるのよ。そう思いつつも、中卒で美容師の資格は取れないから、卒業できるくらいの成績を残す必要があるのも事実だった。


 カランカランと音がした。お客さんだ。私は机の下に教科書を入れて、はいはーいと声を掛けて対応した。そこに居たのは…


「ここで、髪の毛を切ってもらえませんか?」


 人の形をした悪魔だった。私はキリッと睨んだ。なんだこいつ?当てつけか?


「…何しに来たの?あんたがこんなところに来るなんて、女王様の気紛れ?」

「少し頭髪量が多くなって来たのですく程度してもらいたいのですが」

「聞けよ人の話」


 古村乃愛(こむらのあ)は、まるでよそ行きのような笑顔をしたままだった。


「悪いけど今2人とも野暮用で外出てるわ。平日のこの時間に来る人なんて稀だから」

「それじゃあ、真琴ちゃん切ってもらえない?」

「はああ!?なんで…」

「いいじゃない。友達の髪の毛を切る感じで」


 ………古村乃愛にしては中々に魅力的な条件だとは思った。私は髪の毛を切りたい。お客さんのいないところで両親からもらった人形使って練習はしているものの、本番の人間相手にはまだ未経験だ。それを体験できるのなら、それも悪くないのだろう。しかし相手は古村だぞ!古村乃愛だぞ!あの傲慢で!尊大で!陰湿で陰険で!まるで自分がこの世のお姫様とでも言わんがばかりの!私が1番憎い相手の…


 しかし希望に逆らわないのが私の流儀だ。仕方ない。それに、あの時の古村乃愛とは、少し違ったような雰囲気がする。いや、少しじゃないな。だいぶだな。これは加齢による落ち着きというやつか?それとも本性を隠しているのか?


「わかったわよ、あがんなさい!」

「え?」

「髪の毛切ったげるって言ってんの!でもここで切ったら私が怒られるから、部屋で切ったげる。それなら、なんの問題もないでしょ?」


 私は教科書置きっ放しにして、店の前に準備中の札を掛け、古村乃愛を二階へ引っ張っていったのだった。

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