5月29日その⑤
適当な理由をつけて、マクドナルドを出た。そのまま駅の方向へ歩いていた。吹き抜ける風が、夏の到来を告げているように感じた。まだここから梅雨があるというのに、せっかちにもほどがあるだろう。
階段を上り、歩道橋を歩き、駅の改札をスルーした。これは俺が電車に乗り慣れておらず間違えたわけではない。駅の反対側なら、人の目につかないであろう。そうした判断から、彼女はそこを選択したのだ。
最近再開発された、学校と反対側の歩道橋。向かって右側の道路をずっと行けば茨田高校、通称茨高であり、左側の道路を少し行けば予備校がある。そして正面はパチンコ屋。何度見てもカオスな構成だ。
右側にあるエスカレーターを降りて、100円均一のスーパーに入ると、自分より少しだけ早く抜けた彼女が立っていた。
「あーおつおつ!このまま来てくれなかったらってマジ心配だったけど、順調順調!」
現田はそう言って量産品のキーホルダーを手に取りつつ話しかけて来た。そう、俺が呼び出されたのは彼女だ。現田にああ言われたのなら、釘をさす意味で行かなければならない。
「で?要件は?」
「もう!君ってばアメリカ人みたいだね?美辞麗句は要らないから条件を出せって」
「偏見だろそれ」
「日本人ならもう少し会話しようよ、会話!」
にししと笑った彼女はキーホルダーを2つ取り出してこう尋ねて来た。1つはナマズ、1つはうなぎ。
「ねえ、どっちのが可愛い?」
「何でそんなセンス微妙なんだよ」
「君のそれも大概だけどね。あのガチャポンで1番外れのえんがわんを鞄につけてるなんてさ」
俺は少しむっとなった。これは乃愛からの贈り物なんだぞ!なんて言えるわけもないが。
「あ、もしかしてお気に入り?」
「客先の気にいる物は美辞麗句を並べる、日本的な発想だと思うけど?」
「おーなるほど!こいつは1本だね、1本」
そして彼女はナマズのキーホルダーを手に取った。
「その返しに免じてあと5つくらい考えてた雑談のネタを省いてあげる」
最初からそうしてくれ。
「私がマクドで昼飯食べてる時、のどかちゃんが問題出してたでしょ?」
「問題?」
「ほら、会長に関すること」
「あーあれか」
「君はどれだけわかる?」
全部、なんて言えるわけがない。俺が一瞬答えに窮した瞬間、現田は呟くように言った。
「私はね、何処に住んでるのかだけわからないんだ。中学まで住んでたところは知ってるんだけどね。そこにはもう住んでないことはもうわかってるんだ」
反論したくなるのを我慢した。下手に突っかかるほうがこの人には逆効果だと、本能的に理解したのだ。
「だからもしも知ってたら教えて欲しくてね」
「何で俺なんだよ」
「そりゃ、君、小学校一緒でしょ?それに…ね」
ここで現田は息を一つ入れた。
「流石にやばいと思ったから隠しといたわよ。というか私も調べてて少し後悔したくらい」
「そのくせ会長さんのことは調べるんだ…」
「心配だから」
いきなり低くなったトーンに動揺した。そんな俺など気にも留めず、現田は言葉を紡いでいた。
「誰だってそう思うわよ。今あの子は家出した状態で何処かわからないところで暮らしつつ学校に通ってるのよ。だから、何か知ってないかなって」
ぷいっと振り返って、現田は手を背中で組みながら言った。
「まあ、無理強いはしないけど」




