5月29日その①
と、こんな風に食事1つで簡単に彼女が立ち直ってくれるほど、この世界は甘くなかった。勿論そんなの、はなから期待はしていなかった。これは俺が無力というより、彼女自身の問題だからだ。目に見えて悩んでいる姿を見せることはないものの、古村乃愛は確実に頭を悩ませていた。これまでの心配や苦悩とは一味違う、ぼやっとした不安からくるそれは、彼女の反応を鈍らせるのに十分だった。
何かしら手伝ってあげたい。何かしら手を差し伸べたいのだが、木曜日の一件を鑑みるとむしろ過ぎたお節介こそ更に事態を悪化させそうで怖かった。自己肯定感が低い状態だと、他人の助けが苦しめるきっかけになる。それは重々理解できた。しかし何かしら助け舟を出したい。そう思っていたのもまた事実だった。
こんな時、相談できる友人が居ないのが辛いところだ。俺と乃愛がこうして暮らしていることを、知っている人はいない。俺ら2人のことを知っている人はいる。マスターの頼さんとか、クラスメイトとか、塚原真琴もその1人であろう。しかしこんな話しようものなら、それこそ大変なことになる。まだやるなら頼さんか。しかしあまり話したくないな。人は口の軽い生き物だから、いつどこでバレて欲しくない人にバレるかわからないし。
そんな悶々として過ごしていた月曜日のことだ。テスト期間は当初の名前順の席に戻っていたので、俺は1番前の席で帰る支度をしていた。今日はバイトもないし、目一杯数IIの勉強ができるぞ。そんな気分ではないのだが、勉強は学生の本分だし、やらなきゃ欠点も見えるくらい苦手だから頑張ろうと思っていた。幸いベクトルは、欠点は回避できたくらいにはできた。
「新倉君!」
鞄を持った俺に話しかけてきたのは近藤だった。
「おー近藤。ベクトルできた?」
「とりあえず、八割埋めた!」
解けた!ではなく埋めた!なのか…基準がわからなかった。
「あの勉強会のおかげだよー!ありがとう」
「まあ実質的には古村さんと遠坂のお陰だけどな」
「そんなことないよ!!新倉君にもいっぱい教えてもらったし」
「……古村さんは?」
近藤の斜め前にいるはずの彼女は、既に姿が消えていた。
「わかんない…さっさと帰っちゃったみたい…」
「なんか…」
少しだけ間をあけて、刹那迷って、それでも近藤なら乃愛のことを聞いても良いだろうと判断した。
「古村さん、最近元気ないよな?」
勿論、詳しい話はしないで。本当に浅いところだけ。
「そ、そうかな?」
「そんな気しない?」
「私はそんなことないけど…そういや、のどかちゃんが…」
「にいくらくん!お話ししよ?」
突然2人の会話に挟まってきたのは竹川だった、その大きな胸をぷるんと揺らして、上目遣いでこちらを誘ってきていた。




