5月25日その③
塚原真琴の家は理髪店だ。そして自然と、彼女の将来の夢は美容師になっていた。だからよく俺たちの学校に対して憧れていることを打ち明けていた。髪の色弄れて良いなあとか、私の学校では難しいとか言ってた癖して、昔より茶色っぽい髪の毛になっていることは内緒だ。染めているのか地毛が変色したのかは不明だが。
「あの子って、理髪店の娘さんなの?」
「今はそうだよ」
「なるほど…」
腕を組んで考え始めた乃愛。それを尻目に重要単語を書き留めては必死に覚えようとする俺。我ながら性格の悪いやつだなと思う。だってこんなの、彼女からしたら断るに決まっている選択肢…
「わかった!真琴ちゃんに全て話してきたらええんやな!」
………????
「私はね、今は新倉友一君と一緒に住んでて…」
「絶対にダメだ!!絶対に!!」
「じゃあ千円散髪に行かせてや!!」
「くそう、お前逆襲してきやがったな」
「性格悪いことしとるからそういう風に自分へと帰ってくるんやで!これを教訓にして私にお金を渡すんや!!」
やばいな今日の会話、さっきから何1つとして前に進んでいないぞ。いつもならもっとポンポンと流れていくというのに、よっぽど髪の毛が気になって仕方ないらしい。俺からしたら何1つとして変な所なんてないから、髪の毛を切る必要なんて何1つとしてないと思うのだが、それは無神経な対応というやつなのだろうか。
「なあ友一」
そんなことをグダグダと考えていたら、ふと暗い声で彼女は尋ねてきた。
「友一は今、真琴ちゃんと一緒のバイト先で働いとるんやんな?」
「そうだけど?」
「私のこと、なんか言ってきたりしとる?」
「え?そんな…」
話題が出ないというのは嘘だ。ついこの前も、ライブ会場に乃愛がいたことに対して咎められたばかりだった。
「私、まだ嫌われとるかなあ」
それに対しても否定できなかった。そして俺は、頭をかいてお金を差し出した。
「ん?友一?」
「塚原の名前を出した俺が悪かった。ほら、お金あげるから美容院でも理髪店でも千円散髪でもどこでもいいから行ってこい、な?」
ここでいつもの乃愛なら、二つ返事でお金に食いついていただろう。しかしこの日の乃愛は、そのお金に対して反応しなかった。俯いて、深く深く息を吐いていた。
「やっぱりさ、友一は優しすぎるよね」
そしてゴロンと、寝転がってしまった。
「嫌味ちゃうよ。自己嫌悪しとるだけ。私って、あんたに甘えられてばっかで駄目な女やなって」
「そんなことないけどな。飯作ってくれたり水汲んできてくれたり助けられてることも多いし」
「だって本当は、お金払わなあかんくらいやん。あんたに」
乃愛はそう言うと、明らかに気落ちした顔をしていた。
「気にせんで、あんたのせいとちゃう。ここんところ結構こんな感じやねん。自己嫌悪と無力感で勝手に落ち込んでる感じ。何もやる気になれんし、すぐぼーっとしてまう…」
そして彼女は、SOSのように寝息を大きく立て始めた。これまでの落ち込みや不安とは質の違うそれに、俺は掛け布団を与えることしかできなかったのだった。




