5月25日その②
「ど、どうするにしてもテスト勉強やない?今は」
乃愛は半泣きになりながらそう訴えていた。
「ほ、ほら!あんたのいう学生の本分やん!勉強しよ勉強!」
「さっきまでのんびりしてたくせに…」
「私もちょっと気が抜けてたわ。ほら今からは勉強するから!な?」
乃愛は本当に素人が髪の毛を切るのに反対しているみたいだ。完全に話を別方向へ持って行きたい時の話し方で、さっとリーディングのノートを持ち出していた。俺は少し物悲しくなりつつも、ノートを突き合わせた。
「乃愛ってさ」
「ん?」
「いつも思うけど、ノート綺麗よな。見やすい」
「それいっつも褒めてくれとるよね。ありがとう」
乃愛のノートは女生徒特有の蛍光ペンで塗り塗りしたものでは無く、黒と赤の2色しか用いられていなかったから、一見すると男子生徒のものと見間違うほどだった。
「リーディングもなあ、ほんまはコピーが出来たら楽やねんけど、なかなかそんなお金無いやん?」
「10円くらいならやっても良いんだぞ」
「いやあ、こういうの全部やろうとすると結構やで。特にこういう教科書って文字大きいし、入試問題とかとの違いやな。やからこうやってノートの左上っ側に教科書の文章を書いて、説明とか重要単語とかあった時はマークだけ打っといて、その詳しい説明を見開きで全て完結する」
俺も何回かその取り方を真似してみたのだが、自分でやると上手い塩梅が分からず見にくくなってしまうし、先生の説明も抜けがちになってしまった。解説を見開きで完結させ切る彼女のバランス感覚は、いつになっても真似できる気がしなかった。
「まあでも、語学力って単語力の比重大きいからなあ」
乃愛は自作ノートの重要単語欄を指差しつつ言った。
「文法だの何だの教えてもらうけど、結局単語それぞれ並べて行ったらある程度のものができるじゃん。こことかもさ、関係代名詞がわかんなくてもexpendとdemonstrationとissueがわかったら何と無く訳せる気せえへん?」
「確かにな。ざっくり理解できるよな。ざっくり」
「そうそう!単語さえわかれば英語なんて怖無いわ。リーディングはな。スピーキングとかリスニングとかはまた別の力が必要やけど」
……………
「つまり結論としては、髪の毛を切って…」
「何でそうなるんや!!英語は大丈夫そうってことやから床屋に行ってくるってことや!」
少しの沈黙の後の、鋭いツッコミ。彼女はどうやら本気で床屋に行きたいらしい。俺はうーんと悩んだ挙句、とある事実に気づいた。どうしよう、これは諸刃の剣だ。しかし恐らく、あそこなら安く切ってくれるはずだ。
「なあ、乃愛」
「ん?」
まあでも、提案だけはしてみよう。
「塚原理髪店って、知ってるか?」




