5月25日その①
「ゆーいち、髪切りたい」
俺はそう言われてさっとハサミを取り出した。
「いやいやいやいや、あんた何女の子の命刈り取ろうとしとんねん」
「何言ってんの?俺器用だし髪の毛くらい切れるっての」
「で?今ここに投げられてきたものは何?」
「ビニール袋。特製のな。これ被って椅子に座ってくれ」
「いややわ!!絶対に嫌!!千円散髪で我慢するからお金頂戴って!!素人ができることとちゃう!!」
このやり取り、いったいいつ行われたというかというと、なんとテスト前日の午後3時である。意味がわからないと言われてしまいそうだが、何一つとして間違っていない。
テスト前の良い点の1つは、こうして授業が昼までで終わってしまうことだ。残りの時間を勉強時間に当てて欲しいということなのだろうが、そんなもの守るであろうかいや守らない。特に明日の教科が英語表現、生物基礎、保健体育となれば、文系である俺にとって勉強することがなさすぎて笑える始末だった。
「どうしたんだよ急に。さっきまで念のためーとか言って生物の資料集パラパラと見てたじゃねえか」
「いやなんか頭重たいなあと思って手入れたら、思ったより髪にボリュームあってさ。ほら、前髪切りそろえんのとかは自分でもやれるけど、後ろっ側の髪スクのとかは誰かにやってもらわなあかんやろ?」
まあそれには同意だな。
「確かに髪伸びたよな、乃愛」
「せやろー?暫く行っとらんから…ってまだなんか探しとるやんあんた!」
「いや、髪スクやつ無かったかなって」
「あるわけないやろ!!あんたの手に持っとるやつ子供用のはさみやん!!そんなん取り出してくる輩が髪切る専用道具持っとるわけないやろ!!」
「すくんだってハサミ1つでいけるだろ?知らねえけど」
「知らんのかい!!知らんねやったらなんもせんとって!!」
髪の毛をふるふると振りつつ、乃愛は全力で拒否していた。
「そういやさ」
「うん?」
「あんた結構髪の毛長いやんな」
「まあ、髪の毛切るのロスだしな。お金的な意味で」
ドライヤーすらあてず自然乾燥する我が髪に対して何を言っているのだこの女は。
「でもさ、時々微妙に短くなっとるときあるやんな?」
「うん。あんまり長いと店長から怒られるからな。飲食店に勤める人間として、その長さはどうなんだ!?とか」
「あれってもしかして…」
俺は子供用のハサミを2度かしゃかしゃと動かしてみせた。
「勿論、これで自分で切ってるに決まってるじゃないか」
「いやー!!!」
「ほら、乃愛のも切ってやんよ!!」
「いや!いや!絶対いや!」
彼女はこれまで見たことないくらいの声で拒否し始めたのだった。




