5月21日その⑦
流石にこれには乃愛も手を止めてしまったみたいだ。いつもならそれでものんびり食事を継続していそうなものだが、事情が事情ということだろうか。
「それは、どっちの私で答えたらいい?」
そしてこの返しも予想しておらず、俺は混乱しつつも口を開いた。
「質問を質問で返すなと先生に習わなかったのか?」
「むしろ先生がそれしてるじゃん。質問に行ったら『君はどう考えてるの?』それで答えたら『わかってないなあ』」
「それ誰の真似?数学の牛尾?」
「や、架空の教師を演じたつもりだったけど…確かに似てるかも」
すっと神戸弁が抜けたのは誰への配慮か。周りか、俺が、乃愛自身か。時々不安になって来たが、昔の注意を未だに覚えているんだなと思って俺は頼んだ。
「好きにすれば?」
乃愛はそう言うと、にこやかな顔でこう言った。
「そりゃあれよ。最低限包んだお外行きの状態で話すんがええんちゃう?」
「……結構漠然とした例え話やな」
「ほら、いきなり暗い話し始めたら相手引きよるやん?あんたなんか、結構な過去持っとるわけやし」
確かにそうだな。話し出すと長いが、何一つ救われていない物語が顔を見せては興が削がれるというもの。
「後相手にもよるやろな。誰かに聞かれたん?それともなんとなくそう思ったん?」
「や、近藤にな。話の流れで…」
すんと、表情が暗くなるのを視認した。それ間違いなく、近藤憐という名前を出したからこその陰りだった。おかしいな。彼女には、俺の家族について聞いて欲しくなかったのだろうか。
「乃愛?」
「あ、ごめんごめんぼーっとしてた笑」
そう言いつつ取り繕う彼女を意図的にスルーしつつ、俺はミラノ風ドリアの最後の一口をしっかり飲み込んだ。
「ちかちゃんかあ。それは微妙なとこやね。どう答えたん?」
「家事よくしてるねって話から派生した質問だったから、家事はしないって答えた」
「完璧な逃げ方しとるやん!」
「後お姉ちゃんいることになったから、うちの家」
「どんな逃げ方したらそうなんねん!」
「仕方ねえだろ!声入っちまってんだから」
「それじゃあせめて妹やろ、なんで姉!?ぐうたら姉設定なん!?」
「仕方ねえだろ。その辺は話の流れだ。にしてもハンドフーでよかった。声が明瞭に聞き取れなかったから…」
「それやとええけどね、ほんま」
乃愛も飯を食べきって、手を合わせていた。
「え、それはどういう…」
「ごちそーさま!明日学校やし、そろそろ帰ろか?」
確かに時刻は8時半過ぎになっていたけど、それでも最後の発言は気になる。しかしそれをぐっと飲み込んで、俺も手を合わせた。その辺はあれだ。話の流れと偶然の産物というやつだ。いちいち人の行動に、深い意味なんて求めてはいけない。その時はまだ、そんな風に楽観視していたのだった。




