5月21日その④
そっち方面の質問に対して、全く考えていなかった。想定も何もなかった。みんな知って居ることが前提の中で生きてきたからだ。
小学生の時、誰1人として俺のことを聞いてこなかった。集団下校すれば一発でわかる。施設へ向かって歩き、貧乏くさい服を着る集団を見れば、親なき惨めな子だと誰もが理解した。
中学校も所詮小学校の延長に過ぎない。最初の2ヶ月くらいは聞かれた記憶があるが、部活もしないでまっすぐ施設へ向かう人間なんてすぐに理解できるだろう。
いじめられたことなんて、ほとんどなかった。でも、同情と憐憫とある種の過剰な擁護だけが纏わり付いて気持ち悪かった。不幸の代表なんて扱って欲しくなかった。親がいない不幸なんて感じたことはなかった。だって、生まれた時から一度も見た事がないのだから。親のいる有り難みなど、親のいない苦痛など、最初から知らなければ感じる所以など存在し得ないのだ。
高校ではむしろ、親の話なんて全くならなかった。それはうちの学校が自由で、三者面談と二者面談の選択制だったのも大きい。無論いつも二者面談で、何の不自然もなかった。家庭訪問もないし、自分以外に体育祭や文化祭で親が来ていない家庭もあった。何より、そんな基礎的なプライバシー事項を話し合う人間関係すら、俺は築いていなかったのだ。乃愛を除いたら。
だから今、まっすぐな目で、何気なく問いかけてきた近藤に、俺はたじろいでしまった。どこから話したらいいのだろう。どこまで話したらいいのだろう。鷹翅を知らない彼女に、なんて言えばいいのだろう。
「親?普通だよ」
いやここは初志貫徹だ。誤魔化すだけ誤魔化す。バレなきゃそれで終わりだし、バレて全部説明したら納得するだろう。でも、具体的なことは言わないでおこう。上記の発言も、俺にとっては普通だから間違ってはないし。
「普通?家事とかちゃんとしてるの?」
「あーそういう意味ではしてないな。基本全部俺がやってる」
嘘ではない。
「そっかあーいるよねそういう親。子供に家事押し付けて遊びに行く母親とか、ワイドショーで話題だったし」
「そこまで酷くないよ。色々あるから俺が引き受けてるだけ」
これも嘘ではない。
「そのお陰で子どもがにゅ……新倉君みたいに立派に育つなんて、皮肉だね」
ああそうだな皮肉だな。まさか親がいないお陰で家事掃除その他全般、ある程度のスキルが揃うなんてな。これも嘘ではなかったので何も言わずに、
「今すごい噛み方してなかった?」
「な…やめて恥ずかしい!」
と軽くフックをを入れた後で、俺は安物のシャーペンを手に持ったのだった。




