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5月21日その③

 電話というのはその人自身の声が出てきていないというのは非常に有名な話だ。何百人のサンプルから最も似ている声を抽出しているから、脳があたかもその人が話していると認識するのだという。それが今回は功を奏していた。恐らく彼女は、近藤(ちかふじ)はまだギリギリあの声が乃愛(のあ)だとはわかっていないようだった。


 しかしながらこの局面、許容すべきなのだろうか。どちらにしても、同じ部屋に女の子がいたというのは変えられない事実だ。姉ではなく妹から入ったのは、この甲斐甲斐しさや世話焼きなところ、または聞こえてきた甘い声から、お兄ちゃん的な立ち位置を思い起こしたのだろう。しかしそれは失着だ。2度目のチャンスを俺に与えたのと同義だからな。


「居ないよ、どうして?」

「え?」

「いや、どうしてそんなこと聞いたのかなあって」


 そう答えつつも、脳内はフル回転していた。どうやって誤魔化すか。とりあえず妹という線は、迷った時点で否定一択しかなかった。間を空けての同意は、もはや偽りと誤魔化しに過ぎない。だから否定した。次は、適切なタイミングで同意を決めなければならない。


「いやさ、朝に電話かけてきてたじゃん」

「うんうん」

「その時に音声入ってたからさ、女の人の」


 うんしっている。そうだろうなと思った。よし、その方向で行こう。


「あーまじで?」

「そうそう、家族の人…だよね?」


 近藤はとても怖い顔をこちらに向けてきていた。鬼気迫る顔だった。まあな。いくら数百人のサンプルだろうが、乃愛に似た声の人が電話の音声に入り込んでいたのだ。乃愛の友人として見過ごせないことであろう。


「そうだよ、お姉さん」

「お姉さん?なんか可愛らしい声してた気がしたけど」

「生活能力低いからな、うちの姉。だからいつも俺が面倒見てるんだ」


 仕方ない。苦渋の決断だ。あまり仲良くしてくれようとしている人に嘘をつくのは良くないんだが、ここで本当のことを言うわけにはいかないし、乃愛以外に同衾している女の人がいると思われるのは余計に辛い。俺はそんな迷いを顔に出さないようにポーカーフェイスを貫いていた。


「へえええそうなんだー」

「うん」

「てっきり妹さんだと思ってた。でも確かに、何も仕事しないお姉ちゃんって、それだけでめんどくさくなりそう。私も弟居るんだけどさ。しっかり者で頑張り屋さんだけど家のこと何もしてくれなくてさー。それで……」


 よしよしこれで乗り切ったぞ。後は近藤の家族の話を頷きながら聞くだけだ。俺は最大限彼女の意見に興味を持ったふりをしていた。というか実は結構わかる話も多くて、服脱ぎ散らかす話とか乃愛もよくやっていたから実感できた。


 なんで平和に終わると思っていたんだ。その時は


「友一君、ご両親は何してるの?」


 この質問が来るまでは。

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