5月17日その③
なんとも言えない感情のまま、お好み焼きにも手をつけないでぼーっとしていると、ガチャリとドアが開いた。
「おー帰ってきとる!友一おかえりー!」
そう言って乃愛はこれまた青基調のジャージの前チャックをしっかり閉めた状態で部屋に入ってきた。
「今日はえらくしっかり服着てるじゃねえか」
「え?そうかな?」
「いつもならその前のチャック開きっぱなしだろ?で、こっち来てから閉める」
「そんなんあんまないって。人を痴女みたいに言っとるやん」
そう言いつつ自然な流れでスマホを取りに行くのは、さすが現代っ子である。
「あー友一から連絡きて…え?ボーリングこれんくなったん?」
「あれ?シャワー行ってたのか?結構前に送ったLINEだぞそれ」
「あ…たしかにあんま見とらんかったかも。ってそれはええやん!」
少し焦ったのか、乃愛はスマホを乱雑において卓袱台の対面に座った。
「それより、急にバイト入ったって誰か欠員でも出よったん?」
「ああ」
俺はようやくお好み焼きに手をつけた。ソースは少なめ、マヨネーズは少し多めにかけた。
「柱本先輩が食中毒になったらしい」
「え?牡蠣とか食べよったん?」
「いや、サークルの新歓でじゃん負けしてほぼ生の牛肉食べたらしい」
しばしの沈黙。その間にしっかり焼かれた豚玉を戴く俺。
「え?柱本先輩ってハシラさんやんな?」
「もう勤めて2年になる、今年大学進学したあのハシラさんだぞ」
「あの人、アホなん?」
「アホなのは知ってたけどノリで命捨てるほどとは知らなかったな」
「ほんまそれ!残念すぎるやろほんま!!」
近藤に続いて乃愛にもこの扱いである。残念でもないし、当然の帰結だ。
「ほんま、後で美味しいもん奢ってもらうんやで」
「焼肉でも連れてってもらおうかな」
「あんた……結構サドやね」
んなこともないけどな。否定も肯定も口にせずお好み焼きだけを口にしていた。
「ってことは、今週は週6?」
「や、日曜日休みもらった」
「ええやん!テスト前やし、勉強教えたろか?」
「いや普通にお願いしたい。特に数学。三角関数が大敵すぎる」
何気ない会話をしているのに、どこか落ち着かない心持ちだった。噛んでも噛んでも味が出ないような、異常な心情に戸惑ってしまった。なんでだろう。なんでこんな気持ちになって…そうか。
「そういやさー関西の人ってお好み焼きでご飯食べよるんやってな。あれおかしいおかしいってよく言われとるけど、スパゲッティとパンとか、ラーメンとチャーハンも炭水化物×炭水化物やのに、なんでお好み焼きだけ言われとるん…友一?」
名前を呼ばれてハッとなった。そして乃愛は、慈愛のたっぷり込もった表情でこう言った。
「また遊びに行こっか?みんな誘って」
そして俺はようやく、自分が思っていた以上に、クラスのみんなとボーリングに行きたがっていたことに気がついたのだった。こんな想いになるならあの場で断っておけばよかったと後悔したが、それは後の祭りもいいところであった。




