5月17日その②
自転車を止め、階段を登ろうとしたところで電話が飛んできた。近藤からだった。俺はなんとも思わず左手にスマホを持って、右手で手すりを持ちながら歩いていた。
「あ、もしもし?」
近藤の声はやけに弱々しかった。どうしたというのだろう。
「はいもしもし」
「新倉君」
「そうだよ。どうしたの?」
風がびゅううと吹いた。それがマイクに拾われたらしい。
「あ、外にいるの?もう9時半だけど」
「あーバイト終わり。そろそろ家よ」
「そ、そっか」
何を遠慮しているのだろうと思いつつ、ドアに手を掛けたら鍵がかかっていた。乃愛、まだ帰ってきてないのか?一瞬そう思ったが、そういやシャワー浴びる時も鍵閉めるなと思いつつ、共用のシャワー室が使用中なことからもその線が色濃いと認識しつつ鍵を取り出していた。
「バイト、大変なんだね」
同情にも似た声だった。こんなことで慰めて欲しくないというのが本音だった。
「まあな。バイト先の同僚が食中毒でダウンしたらしい」
「え?なんで?」
ガチャリと鍵を開けて、家の中に入る。彼女の青色の手提げ鞄があることから、やっぱり乃愛はシャワーを浴びているのだと確信していた。
「何でもBBQでほぼ生の肉食ったらしい」
「え?なんで?」
「じゃん負けしたから」
「…それだけ?」
「それだけ」
「馬鹿じゃないの?」
「うん、馬鹿だと思う」
あはははと俺は軽く笑ったのだが、向こうは全く笑っていなかった。面白くない話だっただろうか?トーク力など持ち合わせていないから、小粋なジョークと笑えない話の境界線がわからなかった。
「で、その人の代わりにバイト出なきゃダメになったから、ボーリングに行けなくなったってこと?」
「そういうことだ」
「可哀想…他に出てくれる人は居なかったの?」
「居なかったから回ってきてんだよ。代わりの休みももらったし、仕方ないさ」
「でも…風邪とか事故とか…自分で避けられないものだったら仕方ないけど…これ…自業自得なのに…」
レンチンが終わった。今日の晩御飯はお好み焼きだ。勿論乃愛お手製だ。
「んなこと言っても仕方ないからなあ。俺だって自業自得な理由で休むかもしれないし、その辺は助け合い…」
「私は、君と、ボーリングに行きたかったな」
一瞬、時が止まった気がした。気がしただけだ。
「あ…え…ううん、ごめんごめん。そんなこと言っても仕方なかったよね。バイトお疲れ様!また今度行こうね」
「え?ちょっ…近藤?」
「また明日ね、新倉君!」
そうして一方的に電話を切られてしまったのだった。




