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5月15日その③

 昼休みが開けた後も、クラス内ではざわざわが収まっていなかった。勿論主役は俺ではない。そんなクラスの話題の人になるなんて、俺のキャラじゃないし。俺なんかを主人公に据える物語を描く作家がいたら100%面白くならないぞと釘をさす所存だった。人気作家など以ての外だ。にっこり笑って諦めろと突き放したかった。


「家田さんの話、どう思う?」

「ただの戯れでしょ?あんな片目に包帯巻いた痛い奴、誰が好きになんの?」

「わかんないよ…あの小動物な感じが、もしかしたら有田君のドンピシャなのかも」


 いや別に良いのだが、耳元で囁くのならもう少しうまくやって欲しいと思った。普通の学生は友達と話しているから耳に入ってこないが、自分のように次の授業の教科書をパラパラと眺めているだけの生徒にはもろ聞こえてきた。


 確かに、クラス一のイケメンとクラスで浮いてる電波女なんて、物語としては美しいのかもしれない。それなら差し詰め今噂している高見や真砂や古森(ふるもり)辺りは主人公を応援する、または敵対する役割といったところか。少女漫画の王道だな。唾棄したくなるほどの夢物語だ。


「にしてもすごいよな」


 6限の始まる直前、遠坂(えんさか)がしみじみと呟いた。前に座っていた新河(しんかい)もこちらを向いてきた。


「ん?何が?」

「いや、あんなにクラス中で噂になっているのに、家田さんすっごい飄々としてるでしょ?」

「普通でしょ」

「うん普通」

「へ?」


 俺と新河は意見が一致していた。


「気にしてもしゃーなくね?多分あれどうでもいいんでしょ」


 新河はチリッチりの天然パーマをくるくると弄りながら、眠そうにあくびを浮かべていた。その態度は置いておいて、意見には同意だ。


「新河に同意だな。俺が向こうの立場なら、無視してそのままやり過ごす。どちらにしても、な」

「冷めてるね、君ら」

「いや俺が冷めてんのはわかるっしょ?」

「新河の彼女、なにわ星蘭だっけ?」

「そーそー。もうかれこれ6年くらいの付き合いよ。だからここでどれだけ噂になってもどうでもいい」


 そうなのか。遠坂と新河の会話を聞きつつ、初めて聞く事柄ばかりに驚きを隠しきれていなかった。6年付き合う、ということは付き合い始めは小5か。小5から付き合う…想像したくない事象だった。しかも相手は今、有名進学校に在籍しているとなれば、天と地くらいの差を感じた。


「新倉は?やけに飄々としてるけど、そんな話ないの?」


 新河は思考停止で質問してきた。その内容だけでなく、話し方から既に興味なさげなのが手に取るようにわかった。


「ないな」

「まったく?」

「まったく」

「ふーん」


 何の内容もない会話なのに、何故か遠坂は加わるのを躊躇っている様子だった。いや入ってくれよ。俺だけならこの話題1ミリも膨張しねえぞ。


「遠坂は?」

「へ?」

「そんな話ないの?興味ないけど」


 遂に新河は興味ないと言い始めた。遠坂が何かしら反応する前に、チャイムが鳴り響いた。新河は何の躊躇いもなく前を向いた。俺も遠坂から視線を外し、再び教科書を眺め始めたのだった。

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