4月5日その⑤
「……怒っとる?」
バイトから帰ってきてムスッとした顔を続ける俺に、乃愛は俯きながら縮こまってしまっていた。
「まあ、なんで!?とは思ったよ」
「いやだって、ちかちゃんは親友なんよ!!私が学校で唯一素で接せれるんやし……」
「その割にヘンテコな神戸弁は出てなかったがな」
「ヘンテコ言わんで!これはあれよ……家用なんよ」
家用ってなんだよ。俺の前ではちょいちょい出てたぞ。俺は眉をひそめつつたくあんを齧った。ご飯が進むいい塩梅に塩っ辛かった。
「ちかちゃんは思いやりのできる子で、優しいて、それに口も堅いし……辛いことがあったらなんでも相談に乗ってくれるめっちゃいい子なんよ。だから、このことを言っても親身になってくれると思うし……」
「だから言おうとしたのか?」
「うん……」
俺はご飯を飲み込んでから、こう進言した。
「でもな、乃愛。俺達は何の関わり合いのない、今回たまたま一緒になったクラスメイトということにしないといけないと思うんだ」
「普通の人にはそうする予定よ。ちかちゃんは特別…」
「いや、それも辞めるべきだ。特にそういう、相談しがいのある娘ほどダメだ」
「なんで!?いや確かにあんたはあんまり関わっとらんから信用できんかもしれんけど……」
俺は箸を置いて視線を少し鋭くした。
「相談しがいのあるってことは親身で、その人のことを真剣に解決しようと思って行動するってことだろ?」
「そう、と思う」
「なら多分、どうしてそうなったのかとか、今何に苦労してるのかとか、色んなことを尋ねて自分ごととして考え始めるんだと思う」
「うん、イメージできるわ」
「その結果何が起こるか?2パターンあるだろうな。大人に相談するか、その子がここに頻繁に通うか。前者になったら終わりなのは、乃愛が1番よく分かってるだろ?」
乃愛はビビリながら何度も首を縦に振っていた。まあ大人にバレたら終わりなのは俺も同じなんだけどな。
「後者になったら、ただでさえ見つかる可能性があるこの場所がさらにバレやすくなってしまう。それに、その子が例え他人に漏らさなかったとしてもだ。こんな古いアパートに何度も出入りする女の子なんて別の理由すら疑われかねない」
これには少しだけ納得がいかなかったのか、縦に振る回数が少なかった。まあ俺も、正直なところ得体の知れない人間にこの生活をバラしたくないから、こうしてむりくり理論武装してるんだけども。
「どちらにしても回避すべきは大人に見つかること!その可能性をあげるような真似はしない!おけ?」
「……おっけー」
「返事が小さいぞ!」
「おっけー!!!」
大きな声が部屋に轟いた。そして彼女はばくばくと一気にご飯を平らげてしまった。更に指を1本立ててこう宣言した。
「じゃあ私からも1つ。必要以上に絡まんから、必要以上に避けんで!よう知らんはずのクラスメイトから避けられとるなんて、どっちも悪目立ちしとるから」
「りょーかい」
「返事が小さい!」
乃愛が口角下がって笑顔を作った。これが言葉の裏での仲直りというやつだ。
「りょーかい!!」
またも大きな声が、部屋中を駆け巡ったのであった。




