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おっさん冒険者ケインの善行  作者: 風来山
第二部 第一章「自宅のある生活」

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46.キッドとの薬草狩り

 クコ山の山道を、ケインとキッドが連れ立って歩いている。


「ケインさん。やっぱり、ミスリル装備はケインさんが着てくださいよ」

「俺の言うことはちゃんと聞くって約束だろ?」


「でも……」


 今日のケインは、革鎧と鉄剣だ。

 万が一にも怪我をさせないように、ケインはキッドに自分のミスリルの鎧と剣を装備させていた。


 しばらく歩いていくと、キッドが声を上げる。


「ケインさん!」


 何かと思えば熊だった。

 エルンの街に住んでいるキッドは、初めて大型の獣と対峙したのだろう。


 キッドは腰のミスリルの剣を抜いたものの、その手は酷く震えている。

 初めての冒険という恐れが、ただの熊を巨大な怪獣に見せているのかもしれない。


「下がって」


 落ち着いているケインは、さっと腰から煙玉を取り出すと、熊の鼻頭に叩きつけた。

 グォオオオと悲鳴を上げて、熊は逃げていった。


「ハァ、ハァ……」

「大丈夫か」


 息を荒らげて、顔を真赤にしたキッドが剣を構えたまま硬直しているので、ケインは優しく手を押さえて剣を納めてやる。

 しばらくして、ようやく落ち着いたようだ。


「すみません。俺、もっとやれると思ってたのに……」

「初めては、みんなそんなもんさ」


 ケインの初陣は十五歳だったが、そのときは腰を抜かした。

 剣を持って立ってるだけ、上出来だ。


「それにしても、さっきの煙玉は効果てきめんでしたね」

「熊はかなり嗅覚が鋭いから、ワイルドガーリックの粉末を吸い込んだらそりゃたまらないだろう」


 熊にはちょっと申し訳ないけどと、ケインは苦笑する。


「ケインさんは、肉食獣も殺さないんですね」

「モンスターじゃなく、ただの獣だからね。まれに熊が魔獣化したビッグベアーってのもいて、それだと戦わないといけないが、冒険者は狩人じゃない」


 ケインが山に入る目的は、獣を狩ることではない。

 だから、自然の生き物はなるべく殺したくないと思っている。


 ケインが住むのは山ではない。

 彼らの住処すみかに侵入しているのはこちらなのだ。


「ケインさんは、やっぱり優しいんですね」

「そうでもないさ」


 自分の身が危険になれば、ケインだって迷わず獣と戦って命を奪うだろう。

 冒険者である限り、戦いは避けられない。


 熊と不用意に接近してしまったのは、モンスターを避けるためになるべく静かに歩いていたからだ。

 先に大型の獣に出会ってしまったのは、隣のシデ山から悪神が消えた影響で、モンスターの数が減っているのかもしれない。


「だとすれば、ありがたいことだが」

「はい?」


「いや、なんでもない。薬草集めに戻ろう」

「はい!」


 薬草集めでは、キッドは役に立ってくれた。

 テキパキと効果のある薬用植物だけを集めてくる。


「雑草と薬草の違いをよく見分けられるな」

「これがタイムにセイジ、ムクゲに、カミツレに、クマツヅラですね。タンポポや、ラベンダーも使えましたよね」


 もともとキッドはシスターたちのポーションづくりの手伝いもやってる。

 その上で、十三歳にして難しい本を読めるキッドは植物図鑑もしっかりと読み込んで覚えてきたらしい。


「優秀だな。こっちでは、もう教えることはないよ」

「ケインさんの、役に立てて嬉しいです。これで戦闘経験を積めば、俺もケインさんみたいな『薬草狩り』になれますか」


「キッドは、どうして冒険者になりたいんだ」

「俺は、ケインさんみたいな人の役に立てる冒険者になりたいんです」


「この一日でわかったが、キッドはすぐにでも立派な冒険者になれると思うよ」

「はい!」


 嬉しそうに目を輝かせる。


「でも、キッドならもっと大きな仕事ができるんじゃないかとも思うよ」


 個人としての才能ばかりではない。

 孤児たちのリーダーになってるキッドには、自然と人を引き付けてまとめあげる器量がある。


 キッドなら王国に仕えて騎士隊長になったり、政治家になって街の参事会議長にだってなれるのではないか。

 そうなれば、自分のようなしがない冒険者になるより、もっと多くの人を助けることもできるとケインは思うのだ。


「ケインさん!」


 物陰から、通常のオークより五倍ほども大きな異常種がゆらっと姿を現した。

 オークキング、Aランクの強大なモンスター。


 初めて目にしたモンスターがまさかAランクとはついていない。

 あまりの恐怖に、キッドは震え上がった。

次回更新は3日後です。

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