138.帝国の暗殺者
ケインたちに王邪竜をけしかけて敗走したジークフリートは、邪竜王が残した禍々しい装飾を身にまとい、ドラゴン山でむやみな邪竜召喚を繰り返してきた。
「まだだ、まだ力をよこせ! 王邪竜などでは足りぬのだ!」
瘴気溜まりに向かって召喚を繰り返すジークフリートは、その度に呪われし山から立ち込める瘴気にその身を焼かれ、もはや輝ける神剣青金の剣ですら闇に包まれようとしている。
その姿を心配して見守る老将ホルストは、皇帝陛下にも言上しているが、「そのまま放っておけ」と言われるばかり……。
無理をし続けるジークフリートの気をそらそうとすれば、ケインの話をするしかない。
「エルフとドワーフの同盟だと。本気で言っているのか?」
「はい。ケインたちはいま、ドワーフの山で説得工作を行っているようです。捨て置けぬ動きかと」
エルフとドワーフは、それこそ太古の昔より争っているのだ。
それを同盟させて帝国と敵対させるなど絶対に不可能だとは思うが、どちらにしろ面白くない動きだ。
「以前より東方から招聘してきた暗殺者はどうなのだ」
「……連れて来ております」
渋い顔でホルストは答える。
騎士の武技を重んじる帝国で、姑息な暗殺者などを使うのはとても勧められたことではないのだが、ジークフリートが今やっていることに比べればまだマシだった。
眼の前に跪く黒頭巾をかぶり、黒鋼の装備に身を固める老人をつまらなそうに一瞥する。
「なんだ、この小柄な老人は……あとは黒ずくめの集団か」
「皇太子殿下、よくぞ我らが隠密術をお見破りになりましたな。我らは東方の暗殺術を伝える一族、黒鋼衆。私は、第二十二代当主クロガネと申す者で」
「名前など、どうでもいいわ」
ジークフリートは、いきなり眼の前の老人を神剣で一閃する。
だが、その姿は黒い影にかき消える。
――はずだったが、再びジークフリートが神剣を鋭く叩き込むと、カキンと乾いた音がなって両手に短剣を持つ黒ずくめの老人の姿が現れた。
消えたと見えたのは幻術であった。
ほんの少し左にずれたところに実体があるのだ。
こうして切り止めなければ、すぐに次の攻撃を受けて刺殺されるだろう。
「ソードブレイカーか。青金の剣の一撃を受けるのだから、それなりの物のようだな」
老人が両手に構えているのは、剣を折るために特化した櫛状の刃を持つ短剣である。
神剣のパワーには比べるべくもないが、のこぎりのようなギザギザの刃に絡み、容易には断ち切れぬ魔力を感じる。
「お戯れを。この老人の細腕では、双剣で押さえるのがやっとです。やや! この魔剣は一品物ですので、へし折るのはご勘弁ください」
「ふん」
剣を引くジークフリート。
実力の程はわかった。
このクロガネとかいう老人は、Sランク冒険者相当の実力がある。
その後ろにずっと隠れ従っている連中も、それに準じる実力はあるか。
「いいだろう。オリハルコン山に赴き、敵の首魁ケインの首を取って持ち帰れ」
「……欲しいものがございます」
「言ってみろ」
「ある限りの敵の情報と、成功の暁には我らに安寧の地をお与えください」
暗殺術を継承しているクロガネたちは、どこにいっても為政者に利用されるだけで使い捨てられてきたのだ。
皮肉にもそれが東方から西の果てまで流れてきたクロガネたちの実力を更に高めることとなったのだが、このあたりで成果がほしい。
「いいだろう。爺、敵の情報をこいつらに教えてやれ」
「はい……」
ホルストは、厳しい顔で頭を下げる。
古い考えを持つ老将は、暗殺者を使うなどという卑劣な手段は騎士の恥だから本当は嫌なのだ。
だが、若の無茶を止めるにはもうこれしかないかとホルストは思う。
「暗殺者クロガネ! ケインの暗殺に成功すれば、貴様らに伯国を一つ与えよう。だが、失敗は許さんぞ」
「必ずや、殿下の御意に応えてみせましょう」
クロガネという老人は、ホルストより情報を伝え聞くと、これなら容易い相手だと笑って部下を連れて消えた。
「さあ、更に強い邪竜を呼び出すか」
「若、暗殺者を送り込んだのですから、もうこれ以上は必要ありません」
「ああは言ったが、暗殺者などで倒せるわけがない。せいぜい敵の戦力を削ってくれればと思うだけよ。最強の邪竜を手に入れぬ限り、父上に合わせる顔がないわ!」
「お身体に障ります。どうか、もう無理はお止めください。ああ、若ぁ!」
次々と邪竜を生み出す暗黒の瘴気が、ついにジークフリートを飲み込んでしまった。
我が身を顧みず、ホルストも飛び込もうとするが弾かれてしまう。
「心配するな、爺よ。この山の邪気は余の魂を喰い尽くそうとするが、余の方こそがその力を喰らうのだ!」
誰か若を止めてくれと、無力なホルストは帝国の奉じる軍神テイワズに願うことしかできなかった。
次回8月22日更新予定です。





