133.王邪竜
獣人たちに寄ってたかって叩き殺された大邪竜の前で、ボロボロになったアベルは介抱するキサラに怒られている。
「あんたはまた、こんなボロボロになって!」
半泣きになりながら応急処置をするキサラに、謝りながらアベルはつぶやく。
「ハハ、ケインさんはすげえな、まだまだ敵わねえや……」
そう言われて驚くのはケインだ。
「いや、俺は何もやってないからね」
目にも留まらぬ速さで大邪竜の巨体を蹴り倒したのは、ケインが一緒に天馬のヒーホーに乗せてきたテトラだった。
ついさっきまでぐったりと意識を失っていたのだが、強敵を前に覚醒してこれまでとは次元の違うスピードとパワーを発揮した。
どうやらテトラは、アナ姫の特訓をクリアして新たなる力を得たようだ。
トドメを他の獣人たちに任せて、テトラはアベルを治療するケインを守るべく油断なく構えている。
「我が十全の力を発揮できたのは、ここまで連れて来てくれたあるじのおかげだ。あるじがいてくれるから、みんな戦えている!」
クルツもメガネを光らせて深くうなずく。
「まったくその通りですよ。兵が活躍できるのは、将の手腕あってのことです。リーダーなのに、すぐ飛び出していくアベルには、ぜひともケインさんを見習って欲しいですね!」
「ほんとよねー!」
アベルも頑張ったというのに、パーティーメンバーにボロクソに言われている。
「アベルくんも頑張ったんじゃないかな」
懸命に戦ったのに散々なアベルに、ケインはそう慰めた。
「ケインさん。俺なんかより、敵を倒さないと……」
「まだ起き上がっちゃダメだよ」
聖女セフィリアがいれば治療できるのだが、一刻も早くと急いだために、現地にいち早く到着できたのは足の速い者だけだ。
「それでもまだ、たくさんのドラゴンが……」
「そっちは、まったく心配ないみたいだよ」
そう言えば、さっきから静かだ。
攻めてきた大量の邪竜たちはどこに行ったのだろうと、アベルは辺りを見回す。
「ドラゴンが、逃げてるのか……」
アベルたちを殺そうとダンジョンの入口に殺到していたはずの邪竜たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めている。
それを追って、ケイン麾下の獣人隊も展開しているが、それよりも先でとんでもないことが起こっていた。
アナ姫は、ドラゴンたちの司令塔である高い知性を持つ大邪竜を手当たり次第に駆逐していたのだ。
大邪竜の首を切り飛ばし、その巨体を蹴りつけて次の大邪竜へと迫る。
「ハァァアアアア!」
輝く神剣『不滅の刃』が振るわれるたびに、柱のように太い大邪竜の首が飛ぶ。
アベルたちがあれほど苦戦した化物を、一気に三体、四体、五体と斬り崩していく。
これこそが、人類最強の剣士。
化物を超える化物、剣姫アナストレアであった。
あんな恐ろしい光景を見せられたら、ただの邪竜など逃げ惑って当然だ。
「あれが、剣姫か……」
まったく『高所に咲く薔薇乙女団』とはよく名付けたものだ。
燃えるようなアナ姫の赤髪が通り過ぎた後には、ドラゴンの鮮血が噴き上がっていく。
その勇姿は、若き英雄アベルから見ても決して届かぬと思わせる、高所の頂きに咲く美しき華だった。
結局、最後はいつも通り剣姫が力づくで解決してしまうのか。
誰もがそう思ったそのとき、天を切り裂くおぞましい咆哮があがった。
逃げ惑う邪竜たちの動きがぴたりと止まる。
戦場の空気が、再び一変した。
「まさか……あの紫色に光る七本の禍々しき角は、もしや王邪竜!?」
新しくでてきた禍々しき竜の姿を見て、博識なクルツが叫ぶ。
「クルツくん、あれはなんなんだ。ただの大邪竜ではないのかい?」
ケインがそう尋ねるのに、待ってくださいよとクルツは言って常に背負っているたくさんの蔵書の中から一冊の本を取り出して、それをめくりながら説明する。
「やはり、間違いありません。あの王冠のような特徴的な頭部の形状から、王邪竜と呼ばれている伝説のドラゴンです!」
大きさは、大柄な大邪竜といったところだが。
素人目から見ても、確かに雰囲気が違う。
「普通の大邪竜と、どう違うんだい?」
「実力は段違いです。大邪竜はSクラスモンスターですが、王邪竜はそれをさらに超える伝説クラスとされています。すべての邪竜を王として統率する力を持ち、その口から吐き出される禍々しき毒霧は、一吹きで街一つを死滅させたと伝えられています。二百年前にドラゴニア帝国を滅ぼしかけた悪魔的存在なんですよ。先の『高所に咲く薔薇乙女団』と邪竜王との戦いにも出てこなかった伝説の魔獣が、どうしてここに!」
あまりに説明的すぎるセリフだが、それに苦笑している暇もない。
街を一息で死滅させるなんて無茶苦茶な存在では、ケインたちも危ない。
Sクラスを超える伝説クラスなんて魔獣が出て来ては、いくら剣姫アナストレアといえども苦戦するのではないか。
しかし、待ち構えるアナ姫は周りの予想を裏切る動きを見せた。
悠然と向かってくる王邪竜の姿を認めると、立ち止まってニヤッと笑って神剣を鞘に納めたのだ。
もしや、アナ姫ですらかなわないということなのか!?
周りが焦ったそのとき、突然びゅんと飛び上がったアナ姫は、そのままの勢いで王邪竜の顎に鋭い蹴りを放った。
これは痛い!
痛恨のチンクラッシャーに、たまらずよろめく王邪竜。
誰一人予想していなかった展開だ。
王邪竜ですら、ちっぽけな人間が生身の身体でドラゴンの巨体を揺るがせる打撃を与えるとは思ってもみなかったのだろう。
機先を制された王邪竜は、慌ててアナ姫めがけて死滅のブレスを吐き出そうとしたが、間に合わなかった。
今度は頬を思いっきり殴られて、ブレスの軌道がそれてしまう。
仮に当たったところで毒霧など、化け物クラスの耐性を誇るアナ姫に効くわけもないのだが。
あとはもうアナ姫が一方的に、ドゴッドゴッと鋭いパンチのラッシュを浴びせ続けるだけだった。
全身に鋭い打撃を浴びせられて、王邪竜は苦痛に呻き続ける。
どうなるかとふたを開けてみれば、伝説の魔獣も剣姫の敵ではなかったわけだ。
ドラゴンの気持ちはわからぬが、鳴り物入りで登場して一方的に殴られて一撃も反撃することができず情けない悲鳴をあげる自分たちの支配者の姿を見て、立ち尽くす邪竜たちには絶望感すら漂っている。
そもそも鈍重なドラゴンと、神速の剣姫では何よりも攻撃のスピードが違いすぎるのだ。
しかし、アナ姫はなぜ最強のドラゴン相手に、神剣を使わずあえて素手でいたぶるような攻撃を?
唖然とするみんなを尻目に、隣でサポートしていたマヤはすぐにその攻撃の意図を悟り、「またかいな」と小さくつぶやくのだった。
7月29日25時、更新間に合いました!(またこれになっちゃってすみません)
次回更新、8月2日予定です。





