6―4 私の王子様
空を見上げる。
天気は快晴。晴れ渡る空はどこまでも高く、そして青い。
こんな日には、どこかに出掛けたくなる。
お洒落をして、好きな人と。
一昨日、誠に言われたので、今回は〝自分らしい恰好〟を心掛けてみた。
まずは黒いハーフパンツをボトムにチョイスし、それに合う服として、白いシャツと黒いインナーという組み合わせを選択。更にアクセントを加えるため、銀の十字架の付いた黒いチョーカーを首に巻いてみた。
頑張り過ぎずラフ過ぎず、私らしく。それが今回のテーマだ。
今日は祝日。
平日だけど学校は休みで、私達はこの前の仕切り直しとばかりにデートをする事にした。
待ち合わせ場所である近所の公園までは、家から歩いて七分程。
その僅かな時間が、ひどく待ち遠しかった。
そんな私の前に、一人のおばあちゃんが現れる。
明らかに道に迷っていそうなおばあちゃんは、重たそうな荷物を持って、辺りを不安げに見渡していた。
「……」
どうしよう――なんて、少し前の私なら悩んでいた事だろう。
しかし、今の私は――
「おばあさん、何かお困りですか?」
迷わず声を掛ける。
私の好きな人なら、きっとそうするだろうから。
「――で、遅刻をした、と」
「あはは……」
遅刻の理由を正直に話した私は、誠に半眼で見られ、誤魔化し笑いをその顔に浮かべる。
正当な理由(?)があったとしても、さすがに二十分の遅刻は長過ぎだ。誠が怒るのも無理はない。
「そっか。なら、しょうがないな」
「へ?」
誠のあっけらからんとした態度に、私は思わず間抜けな声を返してしまう。
「情けは人のためならず、って言うしな」
「何それ」
苦笑を浮かべる私を置いて、誠が歩き出す。
「あ、待ってよ」
その隣に、すぐさま私も並ぶ。
「にしても、楓って、そういう事するようなキャラだっけ?」
誠の疑問はもっともだ。
私自身、少し驚いているくらいなのだから。
「少し前まではね。なんか、誰かさんに感化されちゃったみたい」
「感化ね……」
からかい半分で言った私の言葉に、誠が含み笑いを浮かべる。
「何よ、その態度は」
「いや、俺も誰かさんに感化された口だからさ、回り回って、っていうか、運命? じゃないけど、そういうの感じちゃうなって」
「つまり、私と誠は運命の赤い糸で結ばれてる、と」
「そうは言って……まぁ、いっか」
いいんだ。
自分で言い出した事とはいえ、簡単に肯定されてしまうと、それはそれで困るし照れる。
「今日はどこ行くの?」
なので、速攻で話題を換える。
やはり、誠を照れさせようなんて、悪戯心を働かすもんじゃないな。見事に返り討ちにあってしまった。
「うーん……。特に考えてないけど……。そういう楓は、どこか行きたいとこないのか?」
「私? 私も……」
特にないかな。
「じゃあ……どこ行こうか?」
誠の言葉に、私は思わず、がくっと、肩を落とす。
というか、今、私達は一体どこに向かおうとしていたのだろう。てっきり、どこか具体的な行き先があって歩き出したものだとばかり思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
「ちょっと、そこはびしっと、男らしく決めてよね」
「そう言われてもな……」
「まったく。折角のデート日和なのに、誠がこの調子じゃ全然締まらないじゃない。しっかりしなさいよね」
「デート日和? まぁ確かに、今日はよく晴れてて、出掛けるには絶好の天気かもな」
そう言って、誠が空を見上げる。
その視線の先に広がるのは、雲一つない青空。
「歩くか……」
「へ?」
「いや、天気もいいし、宛てもなく散歩するのも、たまにはいいかなって……」
空から私に視線を移動させつつ、誠がそんな提案をしてくる。
そして、誠の手が私の手に重なる。
「行こっ」
「うん……」
手を握られた私は、俯き、反論する事を止め、誠の提案に黙って乗っかる事にした。
たまには、こういうデートも悪くない、かも。
「うーん」
隣に座った誠が、大きく伸びをする。
宛てもなく歩く事、数十分。
少し疲れたという事で、近くの公園で休憩する事にした。
園内に人の姿はあまりなく、更に言えば、そのほとんどが子供だった。後は保護者らしき女性が数人と、お年寄りがこれまた数人といったところ。
連休中だし、皆、どこか遠くに出掛けているのかもしれない。
「天気が良くて、気持ちいいね」
日向特有の温かさに、心身共に蕩けてしまいそうだ。
「このまま日向ぼっこして、一日過ごすのも悪くないよな」
「いや、日が暮れるから、一日は無理でしょ」
「……楓って、そういうとこ冷静だよな」
「むぅ」
確かに今のは、少し大人気なかったかもしれない。
「隙あり」
「ひゃん」
いきなり誠の頭が太ももに乗っかってきて、思わず変な声が出る。
「楓の膝枕ゲット」
「ゲットって……」
まぁ、いいけど。
視線を下にやると、そこには誠の横顔が。
これは……。
そーっと手を伸ばし、誠の頭を撫でる。
き、気持ちいい……。これ、癖になるかも。
「あー、いいな、それ。気持ちいい」
「そう?」
誠も気持ちいいんだ。良かった。
「土曜日にさ」
「ん?」
「梓さんと会って、ハンカチ返したんだ」
「へー……」
土曜日の用事って、その事だったんだ。
「当時の話したら、梓さんも覚えてて。さすがに、俺があの時の男の子だって事は、気付いてなかったみたいだけど」
「誠は初めから気付いてたの? お姉ちゃんとその、お姉さんが同一人物だって」
「いや、気付いたのは、楓の部屋でアルバム見た時、かな。ちょうど、当時の梓さんの写真があって……」
あの時か。
「じゃあ、ある意味、誠がお姉ちゃんにハンカチ返せたのは、私のお陰ってわけだね」
「そうだな。あれがなかったら、未だに気付けてなかったかもな」
「……」
何だか、複雑な気分だ。
誠がお姉ちゃんにハンカチを返せて良かったと思う反面、いつまでもその事に気付かなかったら良かったのにとも思ってしまう。……私って、嫌なやつ。
「梓さんにハンカチ返したらさ、なんか吹っ切れたっていうか……。肩の荷が下りたとは少し違うけど、すっきりした感じがした」
「そう……」
何とコメントしていいか分からず、私は相槌を打つ事しか出来なかった。
「これで心置きなく、楓とイチャイチャ出来るな」
「へ……?」
なんで? そういう話の流れになるの?
「だってさ、今まで心の何割かを占めていた、あのお姉さんと再会したいっていう願望? みたいなのが消化されたわけだから、その今まで使われていた部分をまるまる楓の方に向けられるわけじゃん。だから」
理屈はよく分からないが、誠の言いたい事は何となく伝わってきた。
正直、その発想は嬉しい。
「私ね、誠とお姉ちゃんの関係に嫉妬してた」
「嫉妬? なんで?」
顔を動かし、誠が私に下から視線を向けてくる。
「お姉ちゃん綺麗だし、二人の間には二人にとって大切な思い出があって、私はそれをどうする事も出来ないわけじゃない? だから……」
「楓は馬鹿だなー」
「なっ!」
誠の一言に、私はムッとする。
誠は知らないんだ。私がどれだけ悩み、どれだけ苦しんだか。
「楓は俺の彼女だろ?」
「……」
何の根拠も、何の理由にもなっていない事を、真顔で言われた。
だけど、不思議と、その言葉は私の中のもやもやした感情を消し去り、何かを納得させた。
「あ」
声と共に、太ももが軽くなり、誠がベンチに腰掛ける。
「どうしたの?」
誠の視線の先を目で追う。
木の下に、数人の子供達が集まっていた。
「ちょっと行ってくる」
そう言うと誠は、立ち上がり、彼らの元に向かった。
「相変わらず、お人よしなんだから」
呆れ声とは裏腹に、私の顔には笑みが浮かんでいた。
何だかんだ言って、ああいう所も含めて私は、誠の事が好きなのだ。
鳴瀬誠。
私と同じ高校に通う、お人よしで誰にでも優しい男の子。
彼は私の、これ以上ないくらい素敵な、白馬に乗った王子様である。




