6―1 依存
私は常に前だけを向いて生きてきた。
それは別に、決していい意味ではなく、そうする以外の生き方を私が知らなかったからだ。
お姉ちゃんのようになろうと頑張っていたのもその一環で、道端で出会った白馬に乗った王子様にいつか会えると信じ待ち続けたのもきっと……。
私は多分、何かに依存し続けないと生きていけないタイプの人間なのだろう。
姉に、白馬に乗った王子様に、そして今は誠に……。
だからきっと、この感情もその副作用みたいなもので、過剰で余分な感情、なんだと思う。
分かっている。
分かっている――けど……。
理性と感情は時に相反する。今がその時、なのだろう。
お姉ちゃんと誠には、高校に入る以前から繋がりがあった。
繋がり、といっても、それは表立った関係性ではなく、実は過去に会っていたというだけの話だが。
そう。ただそれだけの話だ。気にする必要なんて全くない、過去の事、と割り切る事すら馬鹿らしい、戯言のようなもの――なはずなのに、なぜだろう。こんなにも心がざわつくのは。
横向きだった体を転がし、仰向けにする。
壁から天井に視界が映ったところで、私の気持ちに何ら変化はなかった。
公園で一つの結論に至ってからというもの、私の心はずっと、どんより雨模様だった。
あの後、一緒に遊んでいた友人二人には気を遣わせっぱなしで、本当に申し訳ない事をしたと、今では反省頻りだ。
「はぁー」
肺から空気を吐き出す。
空気と共に、この暗い気持ちも私の中から出て行ってくれるかもと期待したが、そんな事はやはりなかった。
そもそも私は、何を気にしているのだろう。
お姉ちゃんと誠の出会いが、私と誠の出会いより遥か昔だった事か。あるいは、二人が昔出会っていた事により、そこに何らかの感情や関係性が生まれるとでも思っているのだろうか、私は。
馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい話だ。だが――
「楓―」
室外から聞こえてきた声が、私の思考を打ち切る。
「なぁに?」
ベッドに寝転んだまま、声だけを返す。
「お風呂、先入っていいの?」
ノックも断りもなく、扉が開く。
まぁ、女同士だし、今に始まった事ではないので、特に気にはしていないが。
「どうぞ。ご自由に」
「はいはい。どうもありがとうございます」
「……なんか、ご機嫌ね、お姉ちゃん」
扉を閉め掛けた姉に、私はそう声を掛けた。
私より少し後に帰ってきたお姉ちゃんは、何かいい事でもあったのか、ずっと上機嫌。今にも鼻歌でも歌い出しそうな勢いだ。
「何よそれ。そういう楓、逆に元気ないわね。なんかあった?」
「別に……」
嘆息。そして、人が近付いてくる気配がした。
ぎしりとベッドが沈み、寝転んでいる私の体に振動が伝わってくる。
「なんかあった?」
「……」
どうやら、呼び止めたのは間違いだったらしい。
……いや、心のどこかで、私はこういう展開になるのを望んでいたのかもしれない。とはいえ、この先のプランが何かあるかというと、それはそれで話は別だが。
「ねぇ、お姉ちゃんは、誠の事どう思う?」
「誠君? そうね。優しくて、落ち着いてて、真面目で、いい子だと思う。私は」
「それは、妹の恋人としての評価?」
「プラス、教師として、少し年上の大人としての評価、かな?」
つまり、対等な存在としては、見ていないという事か。
普通はそうだろう。
教師と生徒。大人と子供。恋人の姉と妹の恋人。対等な存在として見ない理由は、今思い付くだけでも三つは挙がる。
そう。普通なら……。
「あなたは可愛い。それは姉である私が保障するわ」
言いながら、姉の手が私の髪を撫でる。
子供の頃にも、嫌な事があるとこうして、お姉ちゃんによく慰めてもらったっけ……。
「別に、お姉ちゃんに保障してもらっても、説得力ないし」
「何だとー」
そう言ってお姉ちゃんが、怒ったように、髪を乱暴にくしゃくしゃと乱す。
再びベッドが揺れ、お姉ちゃんが立ち上がる。
「じゃあ、先お風呂入るから。あなたも早く入りなさいよ」
「はーい」
お姉ちゃんが部屋を去り、扉が閉まる。
「……」
再び一人になった私は、程なくして再度、思考の渦に呑まれるのだった。




