表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
blue sky  作者: みゅう
1.情けは人の為ならず
2/24

1―2 喫茶店

 遅刻をした。

 道に迷ったおばあさんを目的地まで送り届けた事がその理由だが……どうせ正直に言っても誰も信じてくれないだろう。ま、担任には寝坊をしたと告げておこう。その方が面倒事にならずに済む。

 長い長い坂を登る。

 校門にもたれ、女生徒が立っていた。昨日の、あの女の子だ。

 向こうも俺の事に気付き、一瞬、目を見開いた。

「あんた、なんで……?」

「見ての通り、寝坊だよ。そっちこそなんで?」

 もうすでに朝のホームルームは始まっている。なんで彼女はこんな場所にいるんだろう?

「人を待ってたの」

「人? こんな時間にか?」

 待っている相手が生徒だろうと教師だろうと、こんな時間にここを通るのは俺みたいな遅刻野郎ぐらいだろう。それとも、俺の他に遅刻野郎がいるのか?

「あ、あんたでいいわ」

「は?」

 訳が分からない。

「ちょっと付き合いなさい」

 そう言って、ずいっと体を寄せてくる女生徒。

 俺はそれを後ろに避けながら言う。

「いやいやいや、これから授業が――」

「何? こんな可愛(かわい)い女の子が誘ってあげてるのに、それを断るわけ?」

 可愛い? いや、確かに可愛いけどさ……。

「分かった。付き合うよ」

 抵抗を諦め、俺は肩を落とす。

 情けは人の為ならず。それ以前に人助けは俺のライフワークみたいなもんだし、一時間目の授業くらい人助けに比べたら……。ま、後で、ちゃんと謝りには行くけどさ。

「え? いいの?」

「〝いいの〟も何も、そっちから言い出したんだろ?」

「そうだけど……」

 ホント、よく分からない奴だな。

「で、どこに付き合うんだ?」

「き、喫茶店」

「……はい?」


 さすがにあのまま喫茶店に行くのは不味(まず)いという話になり、放課後に校門で待ち合わせをし、改めて喫茶店に向かう事にした。

「――つまり、友達に彼氏がいると言ったが本当はいなくて、その友達の前で俺に彼氏の振りをして欲しい、と」

 机を挟んで向かいに座る女生徒――桂木(かつらぎ)さんに、今さっき聞いた話を要約して確認する。

 喫茶店にまで連れて来られ、何事かと思ったが、話を聞いてみればよくある話だ。

 いや、飽くまでも漫画や小説でよくあるというだけで、実際にこの手の相談をされた事は今まで一度もなかったが……。

「全然違う」

「そう。全然――って、え?」

 あれ?

「あんた、私の話聞いてた?」

「いや、そのつもりだったんだけど……」

 何をどう聞き間違えたんだろう?

「しょうがないわね。もう一度だけ初めから説明してあげるわ」

「お願いします」

 溜息混じりにそう言う桂木さんに、聞き間違えた手前、俺は精一杯聞く姿勢を取る。

「彼氏がいないのに、彼氏がいるって友達に言ったのはその通り、あんたの言った通りだわ。けど、私が欲しいのは彼氏の代役じゃなくて彼氏そのものなの」

「……で?」

「へ?」

 俺の返しに、桂木さんが意図せぬ返しが来たといった感じに驚く。

「代役じゃなければ俺に何をしろと?」

 まさか、彼氏になってくれ、なんて言い出すわけじゃあるまいし。

「察しが悪いわね。あんたを私の彼氏にしてやってもいいって言ってるのよ」

「……は?」

 いやいや、そんな馬鹿(ばか)な話……。あぁ、そうか。

 辺りを見渡す。

「何してるの?」

「いや……」

 実はこの店内に彼女の仲間がいて、俺がその気になったら種明かしをして馬鹿にする――そういう類の悪戯(いたずら)を仕掛けられているんではないかと思ったのだが……。店内に俺達以外に学生らしき客はおらず、どうやらそうではないらしい。

「マジで?」

「か、彼氏って言っても、候補だから。あんたのこれからの頑張(がんば)り次第なんだから」

「はぁ」

 そんな事言われても、すぐには話が()み込めない。

 朝校門で声を掛けられ、喫茶店に連れて来られたと思ったら、彼氏にしてやってもいいなんて……。まだ手紙で校舎裏に呼び出された方が、話としてはしっくり来る。

「そ、それで、どうなのよ?」

「〝どう?〟とは?」

「返事よ。決まってるでしょ」

 返事。返事ね……。

「考えさせてもらってもいいか?」

「ダメ……って事?」

 俺の保留を、桂木さんは(てい)のいい断りの言葉と受け取ったらしい。

「違う違う。マジで。突然の事で頭が追いつかないというか、急な話だったから……」

「そう……」

 俯き、そう呟いた彼女の表情は、あまりにも彼女の第一印象と違い過ぎて……。

「携帯の、番号を交換しないか?」

 自然とそんな言葉が俺の口から漏れ出ていた。

 桂木さんは、俺の苦手なタイプだ。

 茶髪で、遊んでそうで、スカートが短くて、チャラそうで……。けど、話をすればするほど、その印象がただの見た目に寄る偏見なのだと気付かされる。本当の彼女は見た目とは違い、こう何と言っていいのか、真面目(まじめ)で、緊張しいで……。

「LINEは?」

「やってない。面倒くさそうだから」

「何それ」

 俺の答えに、桂木さんが笑う。

(かえで)でいいよ」

「え?」

「呼び方。私も(まこと)って呼ぶから」

 俺の呼び捨ては、すでに決定事項かよ。……まぁ、いいけど。

「じゃあ、……楓」

 照れながらも、何とかそう呼ぶ。

〝さん〟付けにするかしないかを少し迷った挙句(あげく)、結局、呼び捨てにする事にした。何となく、そうする事を楓が望んでいる気がしたから。

「これからよろしくね、誠」

 そう言って、楓がはにかむ。

 こうして、俺と楓の奇妙な関係が始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=902039073&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ