5―3 友達
「あ、彼氏君だ」
移動教室のため、廊下を歩いていると、突然、美幸がそう声を挙げる。
美幸の視線の先には、確かに一人で歩く誠の姿があった。飲み物を買いに来たらしく、その手にはペットボトルが握られている。
あちらは一階の中庭、こちらは三階の廊下と、高さが全然違うので、向こうが私達の存在に気付く様子はない。
「あ、女の子から声掛けられた」
立ち止まり、窓の外を見る私達の目の前で、誠が見知らぬ女子から声を掛けられる。
誠の方はそうでもないが、女の子の方は何だか親しげというか楽しげだ。
「鳴瀬君、モテるからね」
「……」
誠はモテる。それは事実だ。
ルックスは特別いいわけではないが、他人のために親身になって骨を折るその姿勢は、実際に助けられた人だけではなく、全く関係のない人にも好印象を与えている。
「最近じゃ、先生とも噂になってるしね」
「誰!?」
聞き捨てならない言葉に、思わず私は、美幸の顔を見る。
「楓もよく知ってる人」
「あー……」
お姉ちゃんか。
噂になっている人物の正体を知り、安堵する一方で、また別の不安が生まれる。
お姉ちゃんと誠は、私の知らない所で結構会っているらしい。もちろん、学校の中であり、たまたま顔を合わせて話す程度ではあるのだが、何しろお姉ちゃんはあの容姿だ、彼女としては気が気でない。
誠と女子が別れたのを見て、私達も移動を再開する。
「大丈夫。楓は可愛い」
「ありがとう」
まるで、私の内心を読んだようなこーちんの言葉に、私は笑顔で応える。
出会った当初は、こーちんの事をよく知らず、こういった言動にいちいち驚かされていたが、今ではすっかり彼女の調子にも慣れ、普通に反応出来るようになった。
「ま、そりゃ可愛いわよね。何せ楓は、恋する乙女、なんだから」
「はいはい。その通りですよ」
そして、美幸のからかいにも、今ではもうすっかり慣れ、それなりの対応、あしらいを出来るようになった。
「そういう美幸はどうなのよ。気になる相手とかいないの?」
「私? そんなのいるわけないじゃない。何たって、私は――」
「バスケが恋人、でしょ?」
知り合ってから何度もなく聞かされたその言葉を、私は美幸より先に口にする。
彼女のそのバスケに対する熱さは、私にとって眩しくもあり、懐かしくもあり、羨ましくもあった。だからといって、今バスケ部に入りたいかと聞かれれば、答えはNOだが。
「こーちんは……」
「?」
私の視線を受け、こーちんが小首を傾げる。
こーちんに気になる人がいるなんて話は聞いた事はないし、彼女のこの様子ではそんなものがいるとは到底思えない。むしろ、いたら驚きだ。
「ダメよ、心は。花より団子。男より食い気なんだから」
美幸にそう言われ、なぜかこーちんが小さくVサインを体の下の方で作る。
得意げ? でも、なんで?
本当にこーちんの言動には、謎な部分が多い。
「そういえば今度、駅前のクレープ屋さんに新メニューが加わるって」
食い気という言葉により記憶が刺激されたのか、ふいにこーちんがそんな事を口にする。
「またクレープ? 私、少し甘い物控えたいんだけど」
「美幸は動いてるから大丈夫。太らない」
「そういう問題じゃ……」
二人の会話を聞きながら、私は何だか微笑ましい気持ちになる。
誠と一緒にいる時間は確かに大事だが、二人と過ごす時間も同じくらい大切だ。それは多分、比べていいものではきっとない。
「何笑ってるのよ。当然アンタも道連れだからね」
「死ねばもろとも」
「死んでどうするのよ……」
こーちんの的外れな発言に、美幸が眉を潜める。
ホント、この二人と一緒にいると、退屈しないし、何より楽しい。
「うん。行こっ。クレープ屋さん」
だから私は、喜んでその誘いに乗っかる。
「いいけど、私の予定に合わせなさいよね」
「もちろん。美幸は部活で大変。だから、我がままを言う権利がある」
「我がままって……」
こうして、私の休日の予定が一つ決定した。
土曜日のお昼に、駅前をぶらつく。美幸とこーちんと三人で。




