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blue sky  作者: みゅう
5.梅に鶯(うぐいす)、松に鶴
17/24

5―1 熱

 ハンカチの件が気にならないと言えば嘘になるが、それでも頭の片隅にちらつく程度で、そこまで気になる事はなかった。それより――

「……」

「何?」

 じっと自分の顔を見つめていた私に、(まこと)が不思議そうな顔で尋ねる。

「いや、何でもない」

 昼休み。中庭のベンチに、今日も私達は二人並んで腰を下ろしていた。

 昼食はすでに取り終わり、今は次の授業までの時間をこうしてのんびりと過ごしている。

 あれ以来、私の思考の何割かは、あの出来事に支配されていた。

 油断をするとあの出来事が頭の中にフィードバックしてきて、全身が熱くなる。

 またしたいというわけではない。……いや、またしたいけど、そういう事ではなく、余韻に浸っているという表現が一番しっくり来るような、そんな感じだ。

「なぁ、(かえで)

「ん?」

「部活はもうやんないの?」

「え?」

 驚き、誠の顔をまじまじと見る。

 誠の今の言い方、それはまるで、私の部活への熱心度を知っているような、そんな言い方だった。私、誠に中学時代の事なんて一度も話した事ないのに……。

「誰かに聞いたの?」

(あずさ)さんに。休み時間にたまたま会ってさ」

「お姉ちゃんに?」

 別に、同じ学校にいるんだから、お姉ちゃんと誠が話す事もあるんだろうけど、少し複雑な気分だ。私の知らない所で、誠とお姉ちゃんが……。

「うわぁ。なんだ、その顔」

 私の(ふく)らんだ頬を見て、誠が大げさに驚いてみせる。

「何でもない」

「何でもなくはないだろ」

 そう言って、誠が私の頬をつつく。

 わっ。何これ。少し、恋人っぽいかも。

「もう。止めてよ」

 このまま、されるがままになるのも、何か違う気がしたので、一応抵抗してみる。

 それに、二人きりならまだしも、人の目のある空間では、こういう()り取りはさすがに恥ずかしい。

「で、話戻すけど、部活、もうやんないのか?」

「……」

 高校に入って、部活に入らなかった理由は(いく)つかある。その中でも、一番大きな理由は……。

「部活、そこまで好きじゃなかったから」

 お姉ちゃんみたいになりたくて、お姉ちゃんに追いつきたくて、お姉ちゃんと同じ部活に入った。中学まではそれなりの成績を残し、それなりにみんなから期待をされていた。だけど、それなりではダメなのだ。

 それなりでは、お姉ちゃんには到底追いつけない。そして多分、私ではお姉ちゃんのようになるのは無理だ。その事に気付いたのは、中学で部活を引退した後。部活をやらなくなった空白期間が私を冷静にし、客観的な〝答え〟を導き出した。

 結局、私にとって部活は、バスケは、その程度のものだったという事だ。お姉ちゃんのやっていたスポーツ。それ以上でもそれ以下でもなく、好きでも嫌いでもない、そういう事だったんだろう。

「ま、いいけどさ。楓が納得してるなら」

「納得はしてるわよ。というか、やる気がそもそもない」

 私の中にあった情熱は、もうすでに私の手から離れてしまった。その事を寂しくは思わない。ただ、懐かしくは思う。私にも、がむしゃらな時期があった、と。

「なんか、楓って冷めてるよな」

「何よ。悪い」

 自分でも、秘かに気にしている部分を指摘され、すこし不貞腐(ふてくさ)れる。

 そう。私は冷めている。というより、冷めてしまった。あの時、お姉ちゃんに届かないと悟ったあの瞬間に。

 評価も、期待も、羨望(せんぼう)も、今の私には必要のないものだ。

 負け惜しみと言われてもいい。言い訳と思ってもらって構わない。

 私はそんな、どうでもいいものより、もっと大切なものを見つけた。それは、誠の隣に居られる事。それ以外は、今は何もいらない。

「いや、悪くないよ。そういうとこも含めて楓だと思うし。それに――」

 笑いながら、誠が私の頭に手を置く。

「そういうとこも含めて俺は楓の事を好きになったんだと思う」

「――ッ」

 何気なく放たれた誠の言葉が、私の心臓に突き刺さる。

 まずい。これはまずい。

 赤くなった顔を隠すように俯き、私は思う。

 ますます誠を、好きになる、と。

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