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blue sky  作者: みゅう
4.月に叢雲(むらくも)、花に風
15/24

4―3 感触

「お帰りー」

 階段を降り、リビングに顔を出すと、ソファーに腰を下ろした誠がそう言って私を出迎えた。

 テーブルの上に置いてあったリモコンを手に取り、誠がテレビを消す。

「ちょっと待ってて。飲み物用意する」

 立ち上がり、誠が台所に向かう。

「お構いなくー」

 その背中に私は、一応そう声を掛ける。

 誠を待つ間、手持無沙汰(てもちぶさた)になった私は、何ともなしに室内を見渡す。

 その行動に意味はなく、また変わった物は発見出来なかった。

「琴葉と何話したんだ?」

 台所から声が飛んでくる。

「〝何〟って……色々」

「その色々を聞いてんだけど」

 苦笑混じりの声。

「誠との事」

「……」

「馴れ初めとか、どこが好きなのかとか、色々」

「ふーん」

 二つのコップを手に、誠がリビングに戻る。

「俺の部屋行こうか?」

「あ、うん」

 誠に続き、階段を登る。

「悪い。扉開けてもらっていいか?」

「あ、うん」

 言われるまま、扉を開ける。

 というか、さっき一つもらっておけば良かった。

「適当なとこ座って」

 先に入った誠に(うなが)され、私はテーブルの一番出入り口に近い辺に座る。

 その斜め右に誠が腰を下ろし、コップをそれぞれの前に一つずつ置く。透明なガラスのコップの中で、茶色い液体が(わず)かに揺れる。中身は、麦茶だろうか?

 隣の部屋には琴葉ちゃんがいる。というのに、私の心臓は破裂しそうなほど波打っていた。

 多分、彼氏の部屋に初めて足を踏み入れたというシチュエーションに、緊張をしているんだと思う。

 誠が自分のコップを持ち、それを口に近付ける。

 コップに触れる唇、鳴る喉仏。

 正直に言おう。私は期待している。

 何を? それは……。

「なんかアレだな。緊張するな」

「え?」

 誠の言葉に、私は目を見張る。

「そんな顔すんなよ。俺だって緊張くらいするさ」

「ゴメン。落ち着いてるように見えたから」

「そう見せてたっていうのが正解だけどな。だって、あんま緊張したとこ見せると、まるで何かを期待してるみたいだろ?」

「……何かって?」

「何かは、何かだろ」

 そう言って誠は、不貞腐(ふてくさ)れたようにそっぽを向く。

 か、可愛い……。何これ。反則でしょ。

 やばい。なんかしんないけど、顔が熱い。一旦落ち着け。一旦落ち着け、私。

 気持ちを落ち着かせようと、私は自分のコップに手を伸ばす。が、しかし――

「あっ」

 動揺が手の動きに表れたのか、テーブルの上でコップを倒してしまう。

 テーブルを伝って、茶色い液体がスカートの上に垂れる。

 良かった。コップは割れてないみたいだ。

「って、何落ち着いてんだよ。スカート、スカート」

 コップをテーブルの上に立て、誠が私のスカートをズボンのポケットから取り出したハンカチで拭く。

「あーあー。何やってんだか」

「うん。ごめん……」

 これは……。

 誠は拭くので必死で気付いていないようだが、この体勢は色々と……。

 ふいに誠が顔を上げ、至近距離で目が合う。

「……」

「……」

 お互いの瞳に吸い込まれるように、二人の顔がどちらともなく近付く。

 後数センチで二人の唇が触れようかというその距離で、誠の動きが急に止まる。そして、何かに気付いたように扉の方を向き、そーっと近付いていく。

「わぁ!」

 誠が内側から扉を開けると、中腰の姿勢を取っていた琴葉ちゃんが、そのままの姿勢で中に倒れ込んできた。

「お前な……」

「あはは」

 誠に冷たい視線を向けられ、乾いた笑いを発する琴葉ちゃん。

「お、お邪魔しましたー」

 そして、脱兎(だっと)の如く、階段の方に駆けていく。

「たく」

 溜息を吐き、立ち上がる誠。

「タオル取ってくるわ」

「あ、うん……」

 宣言をし、一度は廊下に向かい掛けた誠だったが、何かを思い出したかのように、(きびす)を返しこちらに戻ってきた。

「忘れ物」

「え?」

 誠の顔が近付き、瞬間、唇に何かが触れる。

 ……。

 気が付くと、室内に誠の姿はなかった。

 右手の人差し指が、無意識に自らの唇をなぞる。

 残された感触。それだけが、先程の出来事が夢ではないと、私に教えていた。

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