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blue sky  作者: みゅう
4.月に叢雲(むらくも)、花に風
14/24

4―2 妹

 放課後。誠と肩を並べて一緒に帰る。

 誠とはもう何度も一緒に下校しているというのに、立場が変わっただけで、なぜこうも気持ちが違うのだろう。

「あーのさっ!」

「何?」

 意を決して口を開いた私の顔を、誠がいつも通りの表情で見つめる。

 理不尽な事だと分かっていても、なんか釈然(しゃくぜん)としないものを覚えずにはいられなかった。

 私だけ浮ついているというか、意識しているというか……。

「手握ってもいい?」

「は……?」

 驚きの表情と共に、誠の足が止まる。

 それに釣られて私も足を止める。

 突然立ち止まった私達を下校途中の生徒達が、妙なものを見るような視線を向けつつ、避けていく。我ながら、凄く邪魔だと思う。けど、今はそれどころではない。

「ダメ?」

 顔色を(うかが)うように、私は誠を下から見つめる。

「いや、ダメというか、今更そんな事に許可取らんでも……」

 確かに、今日まで散々手を握っておいて、何を今更という誠の言い分も分かる。

 が、しかし、あれはあれ、これはこれ、だ。付き合う前と付き合い出した今では、心境も違えば、心持ちも違う。……心境と心持ちの違いはよく分からないが。

「ほら」

 そう言って誠が、私に片手を差し出してくる。

「……」

 それを私は無言で握る。

 そして、そのまま私は、誠に手を引かれ、学校の敷地の外に向かって歩き出した。

 握った手から熱が伝わってくる。私の物ではない、誠の熱……。

 私より大きく、私より堅い手。

 男の子、なんだ。

 当たり前な事を、私は手の感触から再確認した。

 隣を歩く誠の顔をちらりと盗み見る。

 イケメン、ではないかな。

 誰もが振り向くそんな顔つきでは決してない。けれど、カッコいい。

 中性的とは少し違うけど、線は細め。背は高くも低くもない、平均値。筋肉は……服の上からでは、付いているかどうかよく分からない。でも――

 きっと、それなりには付いているんだろうな。

〝実際のところ、楓達は今、どこまで行ってんの?〟

 朝、美幸に言われた言葉が、頭の中でリフレインする。

 私ももう高校生だ。何も知らない、恋に夢見るオンナノコではない。

 大人が言う、キャベツ畑やコウノトリの話を信じる年頃はとうに過ぎたし、子供の作り方も……知識としては知っている。だから、どうしても意識してしまう。オトコノコと付き合うという事を……。

「なぁ、楓」

「ひゃい!」

 妙な思考を頭の中で繰り広げていたせいで、思わず口から妙な声が漏れ出てしまう。

 それを見て誠は、一瞬(まゆ)(ひそ)めたものの、すぐに表情を元に戻し、

「この後、時間大丈夫か?」

 私に対しそう尋ねてきた。

 その様子は何だか少し不安げで、見ているこちらまで身構えてしまう。

「別に、大丈夫だけど……。なんで?」

「少し付き合ってもらいたいんだ」

「どこに?」

 私の問いに、誠が瞬間、躊躇(ちゅうちょ)の色を見せる。

 どうしたんだろう? 一体。

「俺ン()

「え?」

 突如発せられた聞き慣れない単語に、私は思わず、咄嗟(とっさ)に聞き返した。

「だ、か、ら……。俺ン家に着いて来て欲しい、というか、招待したい、というか……」

「あー……」

 なるほど。今度は私が誠の家に行く、と、そういうわけか。

「……え?」

 つまり、それは、えっと、どういう事だ?

「あ、無理なら別にいいんだ。また日を改めて、違う日に来てもらえばいいし。今日じゃなきゃダメ、って訳でもないしな」

 私の反応をどう受け取ったのか、誠が私に逃げ道を用意してくれる。

 とはいえ、折角誠が誘ってくれたのに、ここで逃げたら失礼だし、何より自らチャンスをドブに捨てる事になる。なので――

「その、大丈夫だから。むしろ、行きたいかな。誠の家」

 私は勇気を振り絞ってそう告げる。思いを込めるように、右手に力を込めて。


「お邪魔しまーす」

 誠の後に続き、私も鳴瀬(なるせ)()に足を踏み入れる。

 鍵は掛かっていなかった。つまり、家にはすでに誰かがいるという事だ。普通に考えたら、誠のお母さん、だろうか。

「あ、お帰り」

 リビングからひょこっと少女が顔を出す。

 確か彼女は……琴葉(ことは)ちゃん。一昨日会った時と雰囲気が大分違うので、一瞬誰かと思った。

 琴葉ちゃんの恰好は、胸元に英語が書かれた白い半袖のTシャツに、紺のジーンズ生地のショートパンツとかなりラフで、頭の後ろで縛られたポニーテールと相俟(あいま)って、前回より快活そうな印象を受ける。

「って、楓さん!?」

 琴葉ちゃんが私の存在を認識するなり、慌てた様子で玄関に姿を現す。

「どうも。久しぶり、琴葉ちゃん」

「あー。本当に連れてきてくれたんだ、お兄ちゃん」

「そりゃ、付き合ってるんだから、いつかは連れてくるんだろ」

 嬉しそうに笑う琴葉ちゃんと、苦笑を浮かべる誠。

 何やら、二人の間で約束のようなものが交わされていたらしい。しかも、私に関する……。

「悪い、楓。琴葉が、どうしてもお前と話したいというんだ。少し付き合ってやってくれるか?」

「それは別にいいけど……」

「ホント? じゃあ、私の部屋行きましょ。楓さん」

 琴葉ちゃんに手を引かれ、私は階段の方に連れていかれる。

「あんま長く引き留めるなよ」

「はーい」

 階下から聞こえてきた誠の言葉に、前を行く琴葉ちゃんが元気よく返事をする。

 まだうまく状況が把握出来ていない私は、彼女に連れられるまま、ただただ場の流れに乗っかる事しか出来なかった。

「到着。ここが私のお部屋です。で、隣がお兄ちゃんの部屋」

「へー」

 説明をされ、何ともなしに隣の部屋に目をやる。

 そうか。ここが誠の……。

「どうぞ」

 前方から聞こえてきたその声に、私は我に返る。

 扉を開け、先に中に入った琴葉ちゃんに続き、私も彼女の部屋に足を踏み入れた。

「本当なら、飲み物を用意してじっくり話をしたい所ですが、兄に怒られそうなので、今回は止めておきます」

「はぁ……」

 冗談めかしにそんな事を言い微笑む琴葉ちゃんに、私はそう返すことしか出来なかった。

 琴葉ちゃんの部屋は、物があまりなくスタイリッシュな感じだ。色も青と白が多く、まるで男の子の部屋に来たような錯覚を覚える。お兄さんがいる影響だろうか?

「さぁさぁ、座って下さい」

 クッションを(すす)められ、そこに腰を下ろす。

 私が座ったのを見届けてから、琴葉ちゃんもクッションを自分のお尻の下に敷き、私の正面に腰を下ろした。

「では、早速、二人の馴れ()めなんかを」

「え? えー」

 どうしよう? 年下だし、誠の妹さんだし、可愛いし、なんか色んな意味でやり辛い。

「どっちから先に告白したんですか?」

「えーっと、私から」

「どんな感じに?」

「普通に、〝私の彼氏になって下さい〟って」

 照れる。

 なぜ私は彼氏の妹に、兄との馴れ初めを話しているのだろう? これ、どういう拷問?

「へー。兄のどこが好きなんですか?」

「〝どこ〟って……」

 一言では言い表せないし、やっぱりハズい。

 そこで気付く。琴葉ちゃんの表情が、実は真剣な事に。

 もしかして、琴葉ちゃん――

「お兄ちゃんが取られるって思ってる?」

「!」

 私の言葉に、琴葉ちゃんの体が跳ねるように上がる。

 どうやら、図星だったらしい。

「大丈夫だよ。私と付き合っても、誠は琴葉ちゃんのお兄ちゃんで、今までと何も変わらないから」

 出来るだけ優しい声で、私は琴葉ちゃんにそう話しかける。

「楓さんはいい人ですね」

「――ッ」

 切なそうな微笑みでそう言われ、私は途端に、年上(づら)した自分の言動を恥ずかしく思った。

 ダメだ。やはり、慣れない事はするもんじゃないな。

「で、兄のどこが好きなんですか?」

「……」

 出来れば、そのまま誤魔化されて欲しかったが、そう上手(うま)くはいかないか。

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