3―5 写真
映画は楓の言うように、恋愛要素の高いものだった。
公園で偶然会った大人の女性と、男子高校生が徐々に仲良くなっていき、次第に惹かれあうというストーリーだ。
男子高校生には夢があり、大人の女性には夢がない。
現実に疲れた大人の女性は、男子高校生を眩しく思いながらも、やはり違う世界に生きる、自分とは違う存在なのだと、距離を感じ始める。
大人の女性は男子高校生を突っぱね、もう会わないと言う。
しかし、男子高校生はそれを受け入れられない。
最後はお互いの気持ちが通じ合いながらも、離れ離れになる二人。いつか再会出来ると信じて……。
画面が一度真っ暗になり、操作画面が現れる。チャプター移動や予告編を見られる、あの画面だ。
声こそ出ていないが、楓は泣いていた。確かに、それぐらい良い作品だった。
「ほら」
ポケットからハンカチを取り出し、楓に渡す。
楓はそれを受け取り、目元を拭いた。
「いい話だったね」
リモコンでテレビの電源を落としながら、楓が言う。
「まぁな」
「でも、あの二人、一緒にはいられないんだ」
「そうだな」
楓の言葉に相槌を打ちながら、考える。
もし俺が同じ状況に陥ったとして、俺は潔く女性から離れる事が出来るだろうか。相手が自分の事を想っていないなら分かる。だが、相手も想っていると知っていて離れるなんて……。
「何?」
楓が俺の視線に気づき、小首を傾げる。
「いや、何でもない」
かぶりを振る。
映画は映画。所詮、物語なのだ。深く考えてどうする。それより今は――
「……」
「……」
映画を観終わり、再び部屋に静寂が訪れる。
予定は消化した。後は……。
「あ、そうだ」
「――!」
楓が突然大きな声を出す。
邪な事を考えていた俺の思考は、その声でフラットな状態に戻った。
うわ。今俺、何を考えて……。
「アルバム見る?」
「アルバム?」
なんでまた?
「え? だって、なんか、ぽいかなって……」
ぽい? 恋人っぽいって事か? 俺自身、経験がないからよく分からないが、その発想はどうなんだろう?
とはいえ、反対する理由も特にないし――
「うん。じゃあ、見せて。アルバム」
「しょうがないなー。そこまで言われちゃ、見せないわけにはいかないよね」
等と言いつつ、ノリノリな様子で楓が立ち上がる。
というか、言い出したのは楓の方だろ。俺はむしろ、乗っかった方だ。
勉強机に備え付けられた本棚から、楓が大き目のアルバムを抜き出す。表紙は青く、表面は布地で出来ていた。
アルバムを手に、戻ってきた楓が元の場所に座る。
カップを隅にやり、俺が作ったスペースに、楓がアルバムを広げる。見やすいように、正面を俺の方に向けて。
「これ、赤ちゃんの時の私。可愛いでしょ?」
指を差し、楓が一枚一枚、写真の説明をしてくれる。
赤ちゃんから始まった写真は、一つ一つ年を重ね、幼稚園、小学校と進んでいく。その隣には、家族が映っている場合も少なく、当然ながら梓さんの姿も写真の中に見受けられた。
若っ。いや、今でも十分若いんだけど、十代の頃の梓さんは今より幼く、また可愛らしく見えた。
「で、これが、お姉ちゃんの高校の制服が届いた時のやつ」
家の玄関を背に、二人の少女が並んで立っていた。一人は私服で楽しそうに、もう一人は制服姿で恥ずかしそうに。
その写真を見ただけで、この二人の仲の良さが伝わってくる。
「……」
なんだろう? 何か妙な感覚を感じる。
既視感。デジャブ。まるで、昔見た物を再び見ているような……。
そして、気付く。気付いてしまった。
頭の中に幾つもの光の線が流れるように、突然思考がクリアになる。
まさか、梓さんが……。
「どうかした?」
写真を凝視して押し黙る俺に、楓が不思議そうな顔を向けてくる。
「いや、何でもない……。ごめん、トイレどこだっけ?」
「部屋出て、すぐ右。なぁに? もしかして、我慢してた?」
「ははは……」
楓のからかいの言葉に苦笑を返しながら、俺は彼女の部屋を後にする。
「はぁー」
そして、一つ溜息を吐く。
一度気付いてしまったものを、無視する事は出来ない。
確かめたい。けど……。
頭の中をぐるぐると回る思考を掻き回すように、俺は自分の後頭部を乱暴に掻きながら、一応トイレに向かった。




