表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖属性魔力がありあまる  作者: 羽蓉
73/103

70

エンジュはシュロールの普段は見せない姿に、強く唇を噛みしめ、抱きしめる。


この唯一の肉親である姪は、賢さがあるために、上手く甘えることができない。

しかしこの様子を見て、今は誰でもない自分に助けを求めているのだと知った。


「私が、護るよ…シュロール。」


そう呟くとエンジュは、状況を確認する。

目が慣れると、暗闇の物がだんだんとはっきりしてくる。

部屋の隅の柱時計の扉が開いている…王太子はそこから抜け道を使って、姿をくらませていた。

こちらの行動がばれている以上、一旦引き上げた方が良さそうだ。


エンジュは自身のドレスの裾を持ち上げて絞り、膝から下を剣で切り落とした。


「ガルデニア、私は引く。任せていいか?」


「手は打ってあります、追手がかかることはないでしょう。裏門に馬車をまわしてあります。しかし、油断なさらないよう。」


ガルデニアが追撃を防いでくれている間に、王宮を抜け出さねばならない。

エンジュは立ち尽くしているハルディンに向かい、声をかける。


「…何の為に連れてきたと思っている。役に立てっ!」


ハルディンは我に返ると、拳を握る。

今は色々と考えている余裕はない、動かねば捕らえられる。

ハルディンは、王宮の造りを頭の中で思い浮かべ、人の目につかない裏門へのルートをさぐる。


「こちらです。」


ハルディンはそう言うと、先に扉を出た。


「シュロール抱えるよ?顔を上げたくなければ、私の首に寄せているといい。」


頭を上げないまま、シュロールは頷いた。

エンジュに抱えられたまま、扉を出ると…そこには廊下に澄まして立つ、クロエとガルデニアの姿があった。


「ここで…私が騒げば良いのですね?」


クロエはそう言うと、チラリとシュロールの方を見たが、次の瞬間には知らぬ顔をした。

エンジュに抱えられながら、シュロールは思う。


「(クロエ…何故貴女が、私を庇う真似をするの?)」


クロエはシュロールを庇ったのではない、ガルデニアに対する恩を返しているに過ぎない。

だがシュロールに、それは伝わらない。

クロエは大きく息を吸い込み、金切り声を上げた。


「ないはずがないわっ、もっと良く探しなさい!あれを見つけなければ、お前の首が飛ぶだけではすまないのよっ!」


給仕の服装をしているガルデニアを扇子で叩き、跪かせる。

やがて集まってきた、他の給仕や騎士達にも癇癪をぶつけて騒ぎを大きくしていった。

エンジュの走りでどんどんと小さくなっていく、その騒ぎをシュロールはぼんやりと聞いていた。




   ◇◆◇




人目につかないように先行するハルディンを、エンジュが追う。

そうして裏門までたどり着き、馬車に乗りこみ邸へと帰る。

その間中、シュロールはエンジュの胸に顔を埋め、上げることはなかった。


ハルディンは、触れることが出来ないシュロールを、悲しそうに見つめていた。

だがシュロールがその表情に気がつくことはない。


王宮から手が回る前に邸に戻り、早急に準備をして夜のうちにフェイジョアへ立つ。

エンジュはシュロールの安全を確保するために、強行な予定を組んだ。


   ・

   ・

   ・


フェイジョアへ戻る馬車の中で、シュロールはやっと一人にしてもらうことが出来た。

ちょうどガルデニアがいない分、エンジュとハルディンが馬で馬車と並走すことになる。

ミヨンには悪いが厚着をしてもらい、御者席へ移ってもらった。


シュロールは、忌まわしい出来事を忘れるために眠りたかった。

外套を深くかぶり、自身に強く巻き付け、静かに目を閉じる。


そうすると浮かんでくるのは、覆いかぶさるオルトリーブの顔だった。

自分の鼓動が大きく、跳ねているのがわかる。

何もしていないのに汗をかき、呼吸が荒くなる。


目を見開き、落ち着こうとすると自分の身に起きた様々なことが鮮明に記憶に蘇る。


「ああ…ああぁ…っ。」


嗚咽を漏らしながら、シュロールは自分の顔を両手で覆う。

がたがたと身を震わせ、押し寄せる断片的な唇の感触に、涙が止まらない。

自身に纏わりつく感触を、頭を振ることでふりはらおうとするが、払えば払うほど、思い出したくない記憶頭をよぎる。


キスを奪われただけ…などとは、考えられなかった。


初めて触れる感触に、こんなにも嫌悪が浮かぶことになるとは思っていなかった。

何故自分なのか、防ぐことはできなかったのか…何度考えても、時間を戻すことはできない。


オルトリーブはシュロールに、「ハルディンのことは諦めろ」と言った。

会えるはずがない、初めての唇を奪われてなお、気持ちを伝える事なんでできない。


「…ごめんなさい、ごめんなさい。」


あんなに大事にしてもらっていた、男性を警戒しろといつも言われていた。


「(ハルディン様を慕っていながら、他の男性に唇を奪われてしまった。)」


声を堪え、嗚咽を飲み込み、涸れるまで泣き続け、意識をなくすように眠りについていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ